日本キリスト教団 東戸塚教会

2017.12.17「主が養ってくださる」

Posted on 2017. 12. 17, 牧師: 杉村 和子

聖書 イザヤ書40章1~11節出エジプト記6章2~13節
40:1 慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる。40:2 エルサレムの心に語りかけ/彼女に呼びかけよ/苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを/主の御手から受けた、と。40:3 呼びかける声がある。主のために、荒れ野に道を備え/わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。40:4 谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。40:5 主の栄光がこうして現れるのを/肉なる者は共に見る。主の口がこう宣言される。
 40:6 呼びかけよ、と声は言う。わたしは言う、何と呼びかけたらよいのか、と。肉なる者は皆、草に等しい。永らえても、すべては野の花のようなもの。40:7 草は枯れ、花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ。この民は草に等しい。
40:8 草は枯れ、花はしぼむが/わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。40:9 高い山に登れ/良い知らせをシオンに伝える者よ。力を振るって声をあげよ/良い知らせをエルサレムに伝える者よ。声をあげよ、恐れるな/ユダの町々に告げよ。見よ、あなたたちの神 40:10 見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ/御腕をもって統治される。見よ、主のかち得られたものは御もとに従い/主の働きの実りは御前を進む。40:11 主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め/小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。
終戦後の海外からの引揚者、樺太(現ロシア・サハリン)から生き抜くために、色々なことをしながら、命からがらに引き揚げてきました。戦後の日本には、飢えて亡くなる人も多くありました。現在は、飢えて亡くなることはありません。豊かです。今は、誰かが養ってくださるsy会です。しかし、明日の食べ物が豊かでも、人々の心は貧しく、飢えているのではないか。

昔、イスラエルの民は、エジプトで奴隷の状態にあったとき、神さまの導きにより、エジプトを脱出しました。その後、イスラエルは、バビロン捕囚の憂き目にあい、人々は皆、異国バビロンに捕囚され、異国で虐げられておりました。人々は、それは、神に背いた裁きの結果であると捕えておりました。神の民と言われたイスラエルの民は、屈辱と後悔に打ち砕かれておりました。
このような時、第2イザヤが、「慰めよ、慰めよ」と捕囚のイスラエルの民に語り掛けたのです。「イスラエルよ、あなたがたは、十分に苦しんだ、苦役の時は終わった。神への回復の道を整えよ。」
人間の命ははかないものだ。枯れてしぼむ草のようだ。しかし、神の言葉は、永遠に残るといわれる。
11節を通し「見よ、主は羊飼いとして、迷い出た羊の群れを養ってくださる。この良き知らせ、福音を人々に伝えよ。」との良き福音を聞く。イスラエルを救うイエスの到来を感じさせる。
ヨハネ福音書10章11節、イエスは、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」と言われた。イザヤも、神を羊飼いと云う。イスラエルは、羊飼いを忘れた羊のようだ。神から離れ、自分勝手に歩んでいる。
主なる神は、エジプトで奴隷として苦しんでいるイスラエルの民を見、「「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。」そして、指導者モーセを立て、イスラエルの民をエジプトから脱出させた。出エジプトによる神への回復の歴史を経験しながら、イスラエルの民は、再び、その罪の故に、再び、主なる神から離れ、バビロン捕囚の憂き目に遭う。何度も迷い出てはぐれた民を神は養ってくださる。神の前には首を垂れるしかない。
バビロンから祖国に戻って来た民は、救い主を待つ望みを抱き、主イエスの誕生を迎える。
人間は何らかの罪を犯している。現在、格差社会のなかで呻いている人たち、
イザヤの時代と同じである。生きてゆく勇気が奪われる社会、故に、神を求める環境にある。嬉しいとき、悲しいとき、苦しいとき、この時こそ福音が伝えられねばならない。罪を赦し、慰めてくださるのは神である。羊飼いは、羊の必要な物を与えてくれる。弱い動物、小羊をその懐に抱いてくださる。弱く虐げられた人々の歩みを強めてくださる。
人間は汗して働くことで生命を保っている。神は養っていてくださるのか。
パンも健康も必要な人間、しかし、いつまでも健康に生きれる訳ではない。
神学者 佐藤 優は、チェコの神学者ヨセフ・フロマートカの言葉を引用している。「人間が奈落の底に沈んでいるとき、神さまはそこまで下りてきてくださる。その時に、神との出会いが起こる」人間の奈落の底、どうしようもないときに神さまは近づいてきてくださる。出会ってくださるのだ。
そのときに、心から平安を与えられる。すべてを神さまに委ねたときに、不安は解消される。そして、自分の現実を見つめることが出来る。辛さや悲しさを通して、信じる思いを強くして下さる。
戦争から帰国した米兵の心が蝕まれているという。命を奪う方も奪われる方も共に心が痛む。
ボタン一つで世界の危機が起きる。戦争は大きな間違いだ。一人一人が相手のことを思えば、戦いは減るのではないか。
GOD IS LOVE 相手を思いやる心に神が共にいてくださる。誰かが一緒でなければ人間は生きて行けない。
羊飼いがいなければオオカミに追われる。そして、迷い出る。迷い出た羊のために羊飼いは命を捨ててくださる。そのために、主イエスの誕生があった。
クリスマス、信徒にとっては、イエスを再認識するときであり、未信者にとってはイエスに出会うときである。
毎日がクリスマスのときである。人は温もりなしに生きて行けない。神さまの温もりを感じつつ生きる、殺伐としたなかで生きる人々に主イエスの温もりが届くように。そして、私たちの許に。温もりの中に希望がある。