日本キリスト教団 東戸塚教会

2018.10.28「神の前に豊かに」

Posted on 2018. 10. 30, 牧師: 杉村 和子

今年は台風の襲来が多くあり、大きな台風により被害があった。丹精した作物が皆無に帰し、住む家を失った人たちも多い。一生懸命働いて家を建て、収穫も増えたのに。なんとも心が痛む。

  今日の御言葉は、現代の私たちに示唆を与える。

  ある人が遺産分配に関する相談をイエスに持ち掛けた。当時の人々は、律法学者に、このような相談をすることが多かった。この人は、兄弟との遺産分配の調停役をイエスに期待した。遺産相続で家族同士が争いあうことは多い。イエスは、調停役を頼まれてもねえと突っぱねた感じだ。

  15節 そして、一同に言われた。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」

  「貪欲に注意せよ」とある。それは、所有欲を戒めたものである。

  「愚かな者よ」と言われても、金持ちの地主は、一生懸命働き貯えた。

  18節 もっと大きい(倉)を建て、そこに穀物や財産をみなしまい、…ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と老後をゆっくり楽しもう。イエスは、この思いに警鐘を鳴らす。

  この金持ちの心には、自分しかいない。心配も自分のことだけしている。作物も財産も自分のものと驕り高ぶっている。

  富を得ることは良い。しかし、使い方が問題だ。遺産相続を相談した

 人も、自分の遺産の貰い分だけを考えている。この二人に共通するのは

 所有欲である。貪欲に気を付けなさいと言われた。

  作物の収穫には、種をまく人、育てる人、収穫をする人それぞれある。イエスの時代、手作業がほとんどである。多くの人が関わって、収穫物を得るのだ。

  この金持ちは、自分が一人でやった、出来たと考える。倉がいっぱいになるには多くの人の働きがあったのに。

  金持ちは、使用人に感謝しただろうか。神さまに感謝しただろうか。

 この人は自分の力ですべてを得たと思っていた。

  愚かな者は、詩編14篇1節にこうある。「愚かな者は心のうちに『神はない』と言う。彼らは腐れはて、憎むべき事をなし、善を行う者はない。」

                           (口語訳)

 彼は神を求めない。彼は、神に縋るのではなく、物に縋っている。それには、人に依存するということも含まれる。

  20節 しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。

  マタイ福音書16章26節では、「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。」とある。

 

  22節 イエスは言われた。「だから、言っておく。命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。」明日のことは、神さまが支えてくださる。これは、貧しい人々に言うイエスの慰めの言葉である。

  現代は高齢化社会である。若い人は、お年寄りがお金を貯めて使わないからお金がうまく回らないという。お年寄りは、不安がある老後のためにつましく生きている。両者の言い分は分かる。

  皆、ささやかでも富を一杯にしたい。イエスは、有り余るものを持っていても長生きできるとは限らないという。

  命は神の御手のうちにある。金持ちも貧しい者にも、死は等しく与えられている。私たちは一人で生きているのではない。隣人と共に生きている。イエスは、神さまの前に豊かに、天に宝を積むことを勧められる。

  神を愛し、人を愛しなさい。金持ちにこの思いがあり、使用人にも十分の分け前を考えるならば、所有欲から自由にされる。必要なものは神さまが与えて下さるのだから。

  心の中に御言葉が一杯にし、それを人々に一つずつ分け与えることが

 できればと考える。

  私たちの心の倉は、この世のことでいっぱい、損得や自分でいっぱいという、さもしい人間が多い。資産、家財、現金を自分のものとし、人をも自分のものとする振る舞い、それが隣人を疎んじている。

  「貪欲」神さまから見れば愚か者、神さまは人間の弱さをご存知である。命も財産も神さまの恵みである。それをどう使うかで愚か者とされてしまう。それは、御心をおこなうため、隣人を愛するために使われるのだ。神の恵みの中に生き、すべてを神に委ねて生きるならば素晴らしい。イエスの御心に自らを生かされるならば幸いである。

                (10月28日 説教 藤田聞き書き)

  聖書本文

  12:13群衆の一人が言った。「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」 12:14イエスはその人に言われた。「だれがわたしを、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」 12:15そして、一同に言われた。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」 12:16それから、イエスはたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作だった。 12:17金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らしたが、 12:18やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、 12:19こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』 12:20しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。 12:21自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」 12:22それから、イエスは弟子たちに言われた。「だから、言っておく。命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。 12:23命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ。 12:24烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりもどれほど価値があることか。 12:25あなたがたのうちのだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。 12:26こんなごく小さな事さえできないのに、なぜ、ほかの事まで思い悩むのか。 12:27野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。 12:28今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。 12:29あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。 12:30それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。 12:31ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。