日本キリスト教団 東戸塚教会

2018.11.18「生きている者の神さま」

Posted on 2018. 11. 18, 牧師: 杉村 和子

聖書 ルカによる福音書20章27~40節
 20:27さて、復活があることを否定するサドカイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに尋ねた。 20:28「先生、モーセはわたしたちのために書いています。『ある人の兄が妻をめとり、子がなくて死んだ場合、その弟は兄嫁と結婚して、兄の跡継ぎをもうけねばならない』と。 20:29ところで、七人の兄弟がいました。長男が妻を迎えましたが、子がないまま死にました。 20:30次男、 20:31三男と次々にこの女を妻にしましたが、七人とも同じように子供を残さないで死にました。 20:32最後にその女も死にました。 20:33すると復活の時、その女はだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしたのです。」 20:34イエスは言われた。「この世の子らはめとったり嫁いだりするが、 20:35次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、めとることも嫁ぐこともない。 20:36この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。 20:37死者が復活することは、モーセも『柴』の個所で、主をアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神と呼んで、示している。 20:38神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。すべての人は、神によって生きているからである。」 20:39そこで、律法学者の中には、「先生、立派なお答えです」と言う者もいた。 20:40彼らは、もはや何もあえて尋ねようとはしなかった。

 太陽の光が恋しい季節になりました。
 サドカイ派が出てきます。ファリサイ派は、イエスの敵と云われます。サドカイ派は貴族階級で裕福な人たちでした。ユダヤの宗教議会サンヒドリンを司るのは、サドカイ派で、大祭司もこのグループから出ました。ローマの安泰は
サドカイ派の安泰といわれる位、保身が上手でした。彼らは保守的で、モーセ五書のみを信じ、口伝、慣習は信じず、復活や天使の存在を信じていませんでした。サドカイ派もイエスを窮地に追い込むため、動き出しました。
 モーセ五書の中に「復活」という言葉はない。イザヤ書やダニエル書に復活の言葉があるが、7人の男性と結婚した女性が死んで、復活した時誰の妻になるか。常識的には、7番目の男性の妻になるのではないか。
その当時は、レビラート婚といい、子どもをもうけずに夫が死んだとき、夫の弟が兄嫁と結婚する習慣があった。申命記25章に出てくるが、それは、子孫を残し、家名を途絶えさせず、相続を行う制度でした。イエスの時代には、レビラート婚は廃れていたが、サドカイ派はこれを復活の質問に使ったのです。
サドカイ派は、肉体の甦りはあり得ない。ファリサイ派を始め多くの人は、この世の終わり、全ての人は死から甦り、苦しみのない世界が来ると信じていました。
サドカイ派は、復活があるというが、復活した時、7人の妻となった女性は
死んで復活した時、誰の妻になるかと質問したのでした。
 イエスの答えは、あなたがたは、聖書や神の力を知らないから思い違いをしている。人は死から復活したとき、人間と異なり、天使のようになる。
 
 創世記にアブラハムは、神の言葉に従い、旅に出た。神に信頼し、見たことのない地に出発した。神は、アブラハムと共におり、その息子イサク、孫のヤコブと共におられた。イスラエルの民がエジプトでどれに苦しみに喘いでいた
時、モーセを遣わし、40年の荒野の旅の後、約束のカナンの地に導かれた。
 出エジプト記3章、モーセが神に出会ったとき、神は、「わたしは有って有る者」と答えられた。これは、ギリシャ語の「エゴー、エイミー」わたしはある、存在する者、いつもあなた(モーセ)と共にあるから、イスラエルの民を救い出しなさいと遣わされた。
 アブラハム、イサク、ヤコブの神は、彼らが死んでも働く神であった。あなたがたは、命を与える神を知らないから