日本キリスト教団 東戸塚教会

2018.2.11「人を漁どる者」

Posted on 2018. 2. 13, 牧師: 藤田 穣

聖書 マルコによる福音書1章16~20節
  01:16イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。 01:17イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。 01:18二人はすぐに網を捨てて従った。 01:19また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、 01:20すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

聖書 ルカによる福音書5章1~11節
05:01イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。 05:02イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。 05:03そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。 05:04話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。 05:05シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。 05:06そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。 05:07そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。 05:08これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。 05:09とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。 05:10シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」 05:11そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

弟子を招くイエスさま
ある朝、イエスさまは、ガリラヤ湖の岸辺を歩いていました。大勢の人々が後をついてきました。イエス様のお話を聞くためです。二漕の小舟があり、二人の若い漁師が魚をとる網を洗っていました。
ユダヤの国で、死海は、塩分の濃い死の海でしたが、このガリラヤの湖は、魚がたくさん住んでいました。この地方で漁師は、儲かるいい仕事でした。けれども、この日、二人の若者、シモン・ペトロとアンデレの兄弟は、なんだか元気がありません。夜から一晩中、働いたのですが、魚が一匹もとれませんでした。元気がないのも当たり前です。
「こんなこと、初めてだぜ。」「おかしいな、まったく」「困ったなあ」二人が話していると、イエスさまがこられました。
イエスさまはそのうちのシモン・ペトロの舟を借り、それに乗り込み、シモンに頼んで、岸から少し離れたところに漕ぎだし、舟に座って岸辺の大勢の人々にお教えになられました。話し終わると、イエス様は、シモン・ペトロにいいました。
「沖の深い所へ行って網を下ろしてみなさい。」「先生、私たちは夜通し漁をしたのですが、何もとれませんでした。 しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」とペトロは、答えたましたが、心のなかでは、「こんなまっ昼間に魚なんかとれないのに、無駄だよ」と思っていました。しかし、ペトロは、舟を沖の方へ漕いでゆき、一段深い所に行って、網をおろしました。暫くして、網を手繰り寄せてみると、「魚、魚、たくさんの魚」で、網が破れそうになりました。「おーい、魚が一杯獲れたんだ・手伝ってくれ」大声で叫ぶと仲間が手伝いに来ました。
「よいしょ、よいしょ、うんとこさ」「うわあ、舟が沈みそうだ」「こんな昼間に魚がとれるなんて不思議だなあ」「イエス様のお陰だ。ありがたいことだ。」
 しかし、ペトロさんは、こわくなってしまいました。
 「主よ、私の傍から離れてください。」イエス様の前にひれ伏しました。さっきまで、「先生」と呼んでいたのが、今は「主よ」です。ペトロは、「イエスさまは、湖の魚がどこにいるのか、何もかも見通しなのだ。自分の疑いや罪深い心も見抜いておられるのだと思い、怖くなったのです。イエスさまの傍にはいられない。離れてくださいなのでした。
すると、イエス様は、おっしゃいました。「怖がらなくても良い。わたしについてきなさい。あなた方を人間をすくいあげる漁師にしてあげよう」人間を獲るとは、人々をイエスさまのところに連れてくる人として、神さまのために働くということです。
すると、シモン・ペトロとアンデレの兄弟は、イエスをじっと見て、そのまま網を捨てて、あとについてゆきました。
もう少し先へ歩いて行くと、ヤコブとヨハネという兄弟が、お父さんと一緒に舟の中で敗れた網を繕っていました。イエスは、ここでも、兄弟を呼びました。すると、兄弟は、父親や網を舟に残したまま、イエスの後についてきました。
皆さんは、知らない人に声をかけられてもついて行ってはだめですよね。どんなに親切そうな人、欲しいものを買ってくれると誘われてもダメです。
何故、この若者たちはイエス様について行ったのでしょうか?イエス様の人柄とそのお言葉には、彼ら若者を惹きつける魅力があったのです。一目で力ある方と分かったのでした。
この4人が最初の弟子でしたが、この後、8人が加わり、主だった弟子は12人になりました。
やがて、シモン・ペトロと仲間の弟子たちは、人間をとる漁師として広い世界に出て行って、イエスさまの喜ばしい教え、福音を伝えたのでした。イエスさまとの出会いによって、思ってもみなかった素晴らしい生き方へと導かれたのです。
今のローマ法王フランシスコは、第266代の法王ですが、初代の法王となったのがこのシモン・ペトロなのです。
私たちも、イエスさまの力を信じ、喜んでイエス様のお言葉に従いたいと思います。
                   (子どもの礼拝 おわり)
2~3のことをお話しします。

ゼブルンの地   
「ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、6暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」マタイ4章15~16節 イザヤ書9章1節
イエスの宣教は、ガリラヤから始まりました。死の陰の地と言われたヨルダン川のかなたの地、異邦人の住むガリラヤと蔑まれた、陽の当らなかった地方から、神の国の福音宣教が開始される。
内村鑑三は、この時のイエスの活動について、ガリラヤの春と表現しました。
イエスがガリラヤの海辺を歩いて行かれた。ガリラヤ湖は、ティベリアの海、ゲネサレ湖というように色々と呼ばれていた。湖は長さ20km、幅13kmの広さ、琵琶湖の1/3位の広さでした。イエスの時代、カファルナウムを始め、いくつかの町が湖の沿岸に並び、一つの町だけで1万5千人の人口があったと云います。
イエスは、ここで弟子たちを招かれたのです。「悔い改めて福音を信ぜよ」と語られたように、誰でも悔い改めて、180度心を入れ替えて、神様に、主イエスに従うことが求められるのです。

奇蹟の大漁
シモン・ペトロ ペトロはイエスを救い主として告白したとき、イエスからつけて頂いた名前です。この時点では、シモンですが、今日は、ペトロで一貫、統一して話ます。
不漁に泣いた朝、網を洗って次に備えようとしていた時、ペトロは、イエスから、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。ペトロは、、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答え、沖に漕ぎだした。 そして、ペトロたちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。
 イエスの命令は、ペトロに奇妙に思われた。昼間は魚が獲れない。そして、沖の深みは、漁に不適当です。漁師の常識では考えられません。
しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。お言葉ですからは、「あなたのお言葉通り、網を下ろしてみましょう」「先生が言われるので、獲れるかどうかは別として、網を下ろしてみましょう」結果は、驚くべき大漁でした。ガリラヤ湖の魚のことは、他の誰よりも知っている。その自負が崩されたのでした。
紅葉坂教会の故岸本羊一先生が記しておりました。花屋を営みながら、自給伝道をしている後輩が言ったこと、花のプロは「花のことは俺に任せておけ、」と言って花を扱っているようにみえるが「花のことは花に聴け」花の中から言葉を聞くということを弁えている、というのです。聖書の言葉を語る者として、「聖書のことは聖書に聴け」という謙虚さが本当にないといけないのだと、この人から教えられた、と語っておられます。
ペトロにとっても然りであります。ガリラヤ湖の魚のことは俺に任せておけ、でも自分の自負、誇りが一気に崩されたのです。
主イエスが、この時、湖の魚を創造したわけではありません。魚のことは魚に聴け。イエスの鋭い目が魚群探知機のように、魚群を捕えていたのかもしれません。それが奇跡と見做されたのではないかと思います。
私たちは、真実を見る目に、もう一歩、欠けているかもしれなません。私たちは、薬缶から立ち上る湯気を漠然と見ている。しかし、ジェームス・ワットのみが、それを見て、蒸気エンジンを考え付いたのである。多くの人々が、リンゴが木から落ちるのを見た。ただ、アイザックニュートンだけが、それを見て、万有引力の法則を発見したのです。
ペトロの目が開けました。おびただしい魚のとれたこと、ペトロは自分の経験を誇ることなく、謙虚に己が欠け、罪の告白をします。イエスの言葉や力はペトロにとって驚きであり、畏れでした。「主よ、私から離れてください。私は罪深い者です。」と告白したのです。イエスのひざ元にひれ伏したペトロのイエスに対する呼びかけは、「先生」から「主」に変わっていました。ペトロは、自分の罪ある言葉も心も行いも、このお方の前では丸見え、丸裸であることを告白したのです。ペトロは自分の罪を思い知らされました。
 イエスの力ある言葉に、自分が神の御子の前に立っていることに気づかされ、ハッとしたのです。

 イエスに従う
 イエスは語り掛けました。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。
 ペトロの告白に対し、「あなたはこれから人間をとる漁師になるのだ。」今までは漁師として魚を獲っていたが、今からは神の国のため生きた人間を集める使命に生きるよう指示されます。イエスの召しに応じて、
ペトロたちは舟を陸に引き上げ、一切を捨ててイエスに従ったのでした。
 ルカの弟子の召しを中心に学びましたが、マルコのそれについて触れます。マルコによる弟子の召しは、ただ、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。 シモンとアンデレはすぐに網を捨てて従った。と簡潔である。イエスは、シモンたちと初対面ではなかったかもしれない。すでにイエスの臨在の不思議な力を、またその眼差しに魅入られていたに違いない。
 故松本達郎さんは、東大に入学、キリスト者のための同志会の寮に入った。東大生としての学問はしたが、彼が熱中したのは、矢内原忠雄の自宅を開放しての日曜日の聖書講義であり、土曜学校であった。松本さんの大学生活は、週末に集中した。土曜学校では、アウグスティヌスの「告白」や「神の国」の講義を学び、日曜日には聖書講義を聞く。時代は、太平洋戦争に突入した時代である。矢内原先生の聖書講義には、宿題があり、聖書の1章を暗記し、皆の前で発表することであった。出席の学生は、これに夢中になった。兵隊として戦地に行けば聖書はない。今のうちに御言葉を飲み込んでおかなければならない。しかし、覚えていって、発表しても、なかなか良しとは言われない。聖書の言葉の思いが、朗読に反映しているか?一度、うんとうなずかれたことがあって嬉しかったという。聖書講義、昼食が終わると矢内原先生と散策に出る。それが素敵な時間だったと先生に私淑していた。昭和18年の学徒動員の時、松本さんは、戦争に行く可否を矢内原先生に相談している。これだけ、矢内原先生に傾倒できた松本さんは、幸せであったろう。
 私も一人、魅入られた先生がいる。日本聖書神学校初代校長の金井為一郎先生である。面接試験の時、志望動機を聞かれた。済んだ深い瞳の光に、引き込まれ圧倒された。この先生について行きたいと思った。しかし、金井先生は、6ケ月後に、病気で天に召された。

 イエスと弟子たちの出会いは、どうだったのだろうか?しかし、イエスが「ついてきなさい。人間を獲る漁師にしよう」と言われたとき、彼らは、直ちに立ち上がり、網を置いてついていったのである。

イエスの弟子は自分から志願して弟子入りするのではない。イエスによって選ばれ、弟子として立てられるのである。ヨハネ福音書15章16節、「15:16あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」「私についてきなさい」の直訳は、「私の後ろについてきなさい」である。 律法学者ラビの弟子は、師から学んで師を乗り越えるべく研鑽を積むことにあった。イエスの弟子は師を乗り越えるのではなく、師の後に従い続けることである。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(マルコ福音書8章34節)
キリスト教信仰は、神からの呼びかけに応えることである。「あなたはどこにいるのか」「悔い改めて私に立ち帰りなさい」この神の呼びかけに応答し、従うことである。私たちが弟子入りを頼み、入門を許されるのではない。この神への応答の姿勢が、信仰を生み出し、育んでゆくのではないか。