日本キリスト教団 東戸塚教会

2019.1.13「最初の王サウル」

Posted on 2019. 1. 14, 牧師: 藤田 穣

サムエル記10章17~24節

  サムエルはミツパで主のもとに民を呼び集めた。10:18 彼はイスラエルの人々に告げた。「イスラエルの神、主は仰せになる。『イスラエルをエジプトから導き上ったのはわたしだ。わたしがあなたたちをエジプトの手から救い出し、あなたたちを圧迫するすべての王国からも救い出した』と。10:19 しかし、あなたたちは今日、あらゆる災難や苦難からあなたたちを救われたあなたたちの神を退け、『我らの上に王を立ててください』と主に願っている。よろしい、部族ごと、氏族ごとに主の御前に出なさい。」10:20 サムエルはイスラエルの全部族を呼び寄せた。ベニヤミン族がくじで選び出された。10:21 そこでベニヤミン族を氏族ごとに呼び寄せた。マトリの氏族がくじで選び出され、次にキシュの息子サウルがくじで選び出された。人々は彼を捜したが、見つからなかった。10:22 そこで、主に伺いを立てた。「その人はここに来ているのですか。」主は答えられた。「見よ、彼は荷物の間に隠れている。」10:23 人々は走って行き、そこから彼を連れて来た。サウルが民の真ん中に立つと、民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった。10:24 サムエルは民全体に言った。「見るがいい、主が選ばれたこの人を。民のうちで彼に及ぶ者はいない。」民は全員、喜び叫んで言った。「王様万歳。」

   王さまを求めるイスラエルの民

  イスラエルの国には、他の国のように王さまがおりませんでした。神さまがおられたからです。預言者サムエルが、神さまの言葉を聞き、それを人々に伝えて、人々を導いていたのです。神さまが、すべてを御存じで、何でもおできになり、、指導してくださるのですから、何も心配することは、なかったはずです。しかし、イスラエルの人びとは、「目に見えない神さまに頼るよりも、目に見える人間の王さまに助けてもらいたいとおもったのです。ほかの国のように王さまが欲しくなったのでした。

  この人々の願いを聞いて、サムエルは、悲しくなって、「どうしたら良いでしょうか」と神さまにお祈りしました。神さまが答えました。「願いを聞いてあげよう。王を与えてやりなさい。あの者たちはわたしの言うことも聞かないし、聞きたいと思っていない。これまでは、わたしが王の役目を果たしてきたが、あの者たちはわたしが王であることを望んでいない。王をくれてやるがよい。ただし、人間の王さまがどんなものかを人々にしっかり教えてあげなさい。」

サムエルはイスラエルの人たちを集めて云いました。

  「王さまはあなたたちの子供を戦争に行かせたり、辛い仕事をさせたりします。一生懸命あなたがたが育てた野菜や麦や羊や牛も王さまに差し出さなければなりません。王さまの命令には逆らえません。それでもいいのですか?」「それでもいいです。王さまをください。」集まった人々は、王さまを欲しがりました。

  キシュの子サウル

  神さまはサムエルに仰いました。「明日の今頃、一人の若者がやって来ます。その若者に油を注ぎなさい。」預言者が誰かに油を注ぐのは、その人が神さまから選ばれた人を表していました。

  次の日、一人の若者がサムエルを訪ねて来ました。ヤコブの12番目の息子ベニヤミンの子孫で、キシュの息子で名前はサウルといいました。背が高くて、ハンサムな若者でした。

  サウルは、家のロバがいなくなってしまったので、迷子のロバを捜し歩いていたのです。従者(お付きの者から)から預言者サムエルが助けてくれると聞いて、 相談に来たのです。サムエルは、「あなたを待っていましたよ、ロバのことは心配しなくていいですよ。」と歓迎し、サウルを家に泊めました。 次の日の朝、サムエルがサウルの頭に良い匂いのする油を注いで言いました。「あなたは、イスラエルの王さまに選ばれました。」「そんな、どうして、わたしが?」 サウルはとても驚きました。サウルがサムエルと別れて家に帰る途中、神さまはサウルの心を新たにされました。

 神さまはサウルに力を注いでくださったのです。

 

  王さまになったサウル

  サムエルは、イスラエルの人たちを集めました。「これからくじを引きます。最後のくじに当たった人が、神さまに選ばれた王さまです。」 何回かくじがひかれました。最後にサウルの名前が呼ばれました。「キシュの息子サウルが王さまだ。」「サウルはどこだ。」サウルは、目立たない場所に隠れていましたが、人々の真ん中に連れ出されました。「よく見るのだ。このサウルこそ神さまがお前たちに選んだ王様だ。」人々は皆大喜びで、「王さま、万歳」と叫びました。

  サウルは、王さまになって最初は、頑張りました。……

  あとは、来週の教会学校で

  

神さまいつもわたしたちのお祈りを聞いてくださり、ありがとうございます。これからも神さまが一番良いと思われるお答えをください。世界の指導者たちが、神さまを畏れ、心を尽くして誠実に仕えることができますように。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン            

子どもの礼拝 おわり

  

イスラエルの変遷 王様が立てられた理由

  主はわたしたちが呼び求める時、いつも近くにおられる 詩編145:18  このような神を持つ民はこの世界のどこにあろうか。これがイスラエルの信仰でした。

  BC1200年代、モーセの後を継いだヨシュアに率いられたイスラエルは、地中海・ヨルダン川・死海に挟まれたカナンの地を占領しますが、多くの地域で先住民族と混在して定住しました。その後、イスラエルは、ヤコブの12人の息子たちの子孫、イスラエル12部族の連合体として、国を統治しました。ヨシュアの後の時代は、士師時代と呼ばれます。士師とは、裁き司、救済者などを意味することばですが、イスラエルが他国に侵略されたときなどに、神の恵みの力を受けて立てられ、その侵略を阻止したカリスマ的指導者でした。 

彼らは、世襲ではなく、その時々の状況に応じて立てられました。アンモン人の侵略にあったギレアデを救ったエフタ、ミデアン人の侵略を阻止したギデオン、ペリシテ人を撃破したサムソンなど12人の士師が士師記に記述されている。今日登場するサムエルは、最後の士師とも呼ばれております。

  BC1100年頃、地中海クレタ島を起点とするペリシテ人が強大になり、そのためイスラエルはしばしば戦争状態に置かれた。パレスチナという現在の地域名は、このペリシテに起因するといわれます。さらに、周囲の諸国、即ち、ミディアン、モアブ、アンモン、アラムなどとの小競り合いが絶えず、そのため、イスラエル12部族がばらばらに事にあたっている状態では、イスラエルの存続が問われるようになってきたのです。イスラエルの長老たちは、強大な王に率いられたペリシテのような国にならい、統一的指導者である王様を求める声が強くなりました。

  信仰的共同体として作られたイスラエル12部族連合では、神のみが絶対者であり、自分たちは皆等しく神の民であるという意識から、他国のような王を立てなかったのでした。

  イスラエルの民の荒れ野や砂漠の生活においては、常に、水や食料の確保が問題であり、神の導きが必要でした。しかし、カナンに定住し、農耕や牧畜を生活の糧とするようになったイスラエルは、自分の生活に計画が立ち、先が見えるようになった。彼らは、見えない神に頼る生活から、見える王を求めるようになったのかも知れません。

サムエル記上31 少年サムエルはエリのもとで主に仕えていたころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった、とあります。祭司エリの時代、神の臨在喪失の時代であった。

  このエリが祭司の時代、現在のテルアビブ付近で、ペリシテとイスラエルが戦い、イスラエル軍は4千人が戦死した。イスラエルは、聖地シロから「主の契約の箱」を自陣に運んだ。契約の箱が到着すると、イスラエル人は大声で叫んだので、地は鳴り響いた。「この大きな叫び声は何ごとか」ペリシテ軍は、主の契約の箱がイスラエルの陣営に着いたことを知った

4:8 大変なことになった。あの強力な神の手から我々を救える者があろうか。あの神は荒れ野でさまざまな災いを与えてエジプトを撃った神だ。4:9 ペリシテ人よ、雄々しく男らしくあれ。さもなければ、ヘブライ人があなたたちに仕えていたように、あなたたちが彼らに仕えることになる。男らしく彼らと戦え。」 

こうしてペリシテ人は、イスラエルと戦い勝利した。イスラエル軍の死者は3万人に達したうえ、神の契約の箱は奪われ、エリの二人の息子も殺された。

  ペリシテ軍は、鉄の武器と戦車を持ち、職業軍人で組織されたが、王が統率したが、イスラエルは寄せ集めでそれを指揮するのは長老であって職業軍人ではない。そのうえ、彼らは、契約の箱を持ってくれば勝てると信じていた。この結果、ペリシテ人は、聖所シロを占領し、イスラエル12部族の聖所も破壊され、ペリシテ軍の守備隊が各地におかれた。イスラエルは、ペリシテの半占領下におかれたのである。

  このペリシテとの戦いで不利になったイスラエルは、困ったときの神頼みとばかり、シロの聖所から持ち出した契約の箱(十戒の書かれた石板が収められている)をペリシテとの戦いで奪われ、敗れるという不信仰を露わにしたのでした。  

サムエルの登場 BC1050

  このエリの後を継いだのが預言者、士師サムエルである。 母ハンナの願いと祈りによって生まれたサムエルは、生まれたときから、神にささげられ、祭司エリの許で育てられ、神の言葉がサムエルに臨み、成長してイスラエルの預言者、裁き司として認められた。

サムエルは、イスラエルの家の全体に対して言った。73節、「あなたたちが心を尽くして主に立ち帰るというなら、あなたたちの中から偶像である異教の神々 豊饒の神バアルや女神アシュトレトを取り除き、心を正しく主に向け、ただ主にのみ仕えなさい。そうすれば、主はあなたたちをペリシテ人の手から救い出してくださる。」7:4 イスラエルの人々はバアルとアシュトレトを取り除き、ただ主にのみ仕えた。7:5 サムエルは命じた。「イスラエルを全員、ミツパに集めなさい。あなたたちのために主に祈ろう。」ミツバにおいて、民を悔い改めに導いた。

7:7 イスラエルの人々がミツパに集まっていると聞いて、ペリシテの領主たちはイスラエルに攻め上って来た。イスラエルの人々はそのことを聞き、ペリシテ軍を恐れて、7:8 サムエルに乞うた。「どうか黙っていないでください。主が我々をペリシテ人の手から救ってくださるように、我々の神、主に助けを求めて叫んでください。」7:9 サムエルは、小羊を焼き尽くす献げ物として主にささげ、イスラエルのため主に助けを求め、主は彼に答えられた。ペリシテ軍はイスラエルに戦いを挑んで来たが、主がこの日、ペリシテ軍の上に激しい雷鳴をとどろかせ、彼らを混乱に陥れられたので、彼らはイスラエルに打ち負かされたのです。

こうして、サムエルは、士師のごとく力を発揮した。士師時代の勝利を当時生きていた世代の体験として甦らせ、主の恵の回復を宣言した。預言者にして士師サムエルが裁きをなす間は、全てがうまくいった。しかし、サムエルが年老いたとき、彼は将来に備えて、二人の息子をイスラエルの裁き司にするべく、任命したが、彼らは正義を保持することよりも私腹を肥やしていました。

  BC1020年頃、イスラエルの長老たちは、サムエルに、他の外国のように私たちを裁く王を立ててくれるように要求した。サムエルは、自分が拒絶されたように思った。  裁きを行う王を与えよとの彼らの言い分は、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った。8:7 主はサムエルに言われた。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。8:8 彼らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、わたしを捨てて他の神々に仕えることだった。あなたに対しても同じことをしているのだ。」

  ここに示されているのは、人間の神に敵対する格闘である。聖書の提示する流れによれば、創世記1章において人間に与えられた特別な地位にその源がある。サムエルは、モーセや預言者たち、イエスさえも体験したことを体験するのである。イエスは、例え話の中で、ルカ19:14国民に『我々はこの人を王にいただきたくない』と言わせた。 

神の支配を受け入れることは、強制ではないが、王を立てるのは神であるから、究極的にその支配からでることはできないのだが

  サウル王となる

  10章17節 サムエルは、イスラエルの人々をミツバに集めた。そこは、彼がペリシテ軍に勝利した記念の石碑のある近くである。10:19 サムエルは、主の言葉を伝えた。「あなたたちは今日、あらゆる災難や苦難からあなたたちを救われたあなたたちの神を退け、『我らの上に王を立ててください』と主に願っている。よろしい、部族ごと、氏族ごとに主の御前に出なさい。」 

  するとベニヤミンの部族がくじで取り分けられた。古代世界において、くじを用いることが一般的な慣習であった。イスラエルでは、主の導きを求める時にはくじびきでなされることが、定められていた。選定はさらに、ベニヤミンの父祖の家系ごとに、主だった氏族の間でなされた。さらに小さい単位でくじが引かれ、最後に個人が特定される。その結果サウルが選出された。サウルは、何故、隠れていたのか。彼は、既に、サムエルから油注ぎを受け、覚悟を新たにしていた筈である。しかし、自分が王の器であることに自信が持てなかったのであろうか。人々は走って行き、隠れていた場所からサウルを連れて来た。サウルが民の真ん中に立つと、民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった。サムエルは民全体に言った。「見るがいい、主が選ばれたこの人を。民のうちで彼に及ぶ者はいない。」くじ引きと言いながら、サムエルの言い分は、人並外れた体の特徴が王に選ばれた資格のようになっている。それは、民の中で、比類のないほど偉丈夫の若者が選ばれたことで合点がいく。9章2節、サウルは、美しい若者で、彼の美しさに及ぶ者はイスラエルにはだれもいなかった。民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった。

  サムエルは民全体に言った。「見るがいい、主が選ばれたこの人を。民のうちで彼に及ぶ者はいない。」民は全員、喜び叫んで言った。「王様万歳。」 イスラエルの民は、歓呼の万歳によってサウルが王になることを承認したのでした。

  王に選ばれたサウルは、初めのうちは、サムエルの云うことを聞き、人々が神のことを忘れず、神の戒めを守るように目配りをしていました。

  しかし、サウルは次第に、自分が神から多くの恵みを受けたことを忘れてしまうのです。

  サウルは、ペリシテ人との戦いに一生を費やした。彼は、ギブアを拠点として各地で勇ましく戦い勝利を収めた。サウルは、勇敢であり、有能な指導者であった。彼は、軍事的勝利を背景に、自分の地位を堅くしようと図り、神ヤハウエの聖戦とされた戦争の分捕り品を神にささげず、サムエルと対立した。サウルは、しばしば主の言葉に聞き従わず、人間的権力や物質により頼んだ。ついに、サウルは、神から見捨てられ、ギルボの戦いで悲劇的な最後を迎えるのです。

  サムエルは、死期を悟り12章で告別の辞を残しています。「12:22 主はその偉大な御名のゆえに、御自分の民を決しておろそかにはなさらない。主はあなたたちを御自分の民と決めておられるからである。…12:24 主を畏れ、心を尽くし、まことをもって主に仕えなさい。主がいかに偉大なことをあなたたちに示されたかを悟りなさい。12:25 悪を重ねるなら、主はあなたたちもあなたたちの王も滅ぼし去られるであろう。」

  私たちは、この言葉をどのように受け止めるであろうか?