日本キリスト教団 東戸塚教会

2019.12.8「ザカリヤの讃歌」

Posted on 2019. 12. 12, 牧師: 藤田 穣

聖書 ルカによる福音書1章67~80節
 01:67父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。 01:68「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、 01:69我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。 01:70昔から聖なる預言者たちの口を通して語られたとおりに。 01:71それは、我らの敵、
すべて我らを憎む者の手からの救い。 01:72主は我らの先祖を憐れみ、
その聖なる契約を覚えていてくださる。 01:73これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、 01:74敵の手から救われ、恐れなく主に仕える、 01:75生涯、主の御前に清く正しく。 01:76幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、 01:77主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである。 01:78これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、 01:79暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。」 01:80幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。

 ザカリヤの讃歌
 ユダヤの国に、ザカリヤと奥さんのエリザベツが住んでいました。二人とも神さまを信じる正しい人で幸せに暮らしていました。聖書の言葉を信じて、救い主がお出でになることを願っていました。二人には子供がおりませんでした。二人ともお爺さん、お婆さんといわれる年になりました。ザカリヤは、神さまを礼拝する神殿で大切なお仕事をする祭司でした。
ザカリヤは、神殿のすべてが好きでした。薄暗い雰囲気や、星のようにきらめくロウソクの明かり、立ち込めるお香のにおい、聖書の言葉について語りあう声、高い天井、何もかも好きでした。
ある日、ザカリヤがお香の壇のそばにいると、人の姿をした何者かが現れたので、ザカリヤは後ずさりしました。「怖れることはない。」神さまのみ使いでした。その人の顔は輝いていた。「おめでとう、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリザベツは、男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子は、救い主のおとずれを人々に知らせる人になります。」
ザカリヤは、余りにも驚いて、心臓がバクバク音を立てました。「どど、ど、どうして、そんなことがありましょう。お婆さんが赤ちゃんを産むなんて聞いたことがない。」そう言った途端、口が聞けなくなりました。神さまの言葉を信じなかったからです。
それから10ケ月後、エリザベトツ男の子が生まれたのでした。生まれて8日目はユダヤの子どもにとって大事な日でした。この日、この子に名前を付けるのです。その頃、男の子には、お父さんか、先祖の名前を付けるのが普通でした。お祝いに来た親戚の人たちはザカリヤが良いと言いました。エリザベツは、「いいえ、ヨハネにしなければなりません」と云いました。御使いから言われた」名前です。」ザカリヤも板の上に「この子の名前はヨハネ」と書きました。すると口のきけなかったザカリヤが話せるようになりました。そこにいた人たちは、この子は一体どういう人になるのだろうと不思議がりました。

ザカリヤは、神さまの霊、聖霊に満たされて神さまを賛美しました。イスラエルの神である主をほめたたえよ。
主はその民のもとに来てくださり、救いをお与えになりました。幼子よ、お前はいと高き預言者と呼ばれるだろう。なぜなら、お前は主に先立って歩み、主の道を整えるであろう。
神さまが約束通り、人々を救う救い主を送ってくださること、息子のヨハネが救い主がいらっしゃる準備をするひとになることを感謝します。」
救い主が生まれるといった聖書の言葉がいよいよ実現するのです。
ヨハネは、成長しイスラエルの人々の前に姿を現す日まで、荒れ野に暮らしていました。

「神さま、神さまが約束を守ってくださることを感謝します。今年も私たちのためクリスマスに生まれたイエスさまをお祝いできることを感謝します。 イエス様のお名前によって祈ります。   アーメン

                 子どもの礼拝 終了

2~3のことについて考えます。
神が沈黙されていた400年間
BC440~400年代に活躍した旧約の預言者マラキの時から、バプテスマのヨハネ誕生の400年間、神の言葉が預言者を通して語られることはありませんでした。神は沈黙されたまま、でした。神は、何もされなかったのでしょうか。神さまは、イエス・キリストの誕生まで、着々と誕生のための準備を世界史的な意味で着々と勧められておりました。
第1に、この間、ギリシャ文明の世界的発展がありました。マケドニア出身のアレクサンドロス大王は、30歳になるBC326年までに、当時の世界を席巻し、ペルシャからインドにまで遠征・征服しました。その支配は、ギリシャ文明・ヘレニズム文化であり、続くローマ帝国の時代まで続き、当時の古代ギリシャ語・コイネーは、世界の共通語となりました。BC1世紀までにアレクサンドリアで完成された旧約聖書のギリシャ語訳・70人訳聖書は、後の福音宣教の大きな助けとなりました。パウロが外国人伝道に乗り出した時にも、ギリシャ語が地中海世界で通用したことで、その働きは前進したのでした。
第2に、イエスが誕生した時代、ローマ皇帝アウグストゥスによるローマ帝国が始まり、ローマの地中海世界統治がはじまりました。これと共に、パクス・ロマーナ(ローマの平和)と呼ばれる平和な時代が到来しました。ローマ帝国内には、すべての道はローマに通ずと言われるほど、道路網が整備され、安全な旅行が可能になりました。パウロが大伝道旅行を行えたのも、道路と旅の安全が確保されたからでした。
第3に、バビロン捕囚期に神殿を失ったユダヤ人が、聖書を読み、祈祷する場所として建てた会堂(シナゴーグ)が、バビロン捕囚から帰還したユダヤ人が、各地に、神殿に代わる礼拝場所としてシナゴーグを建てました。シナゴーグは、礼拝場所としてだけでなく、町のコミュニティセンターとしての役割も果たしました。このシナゴーグが、AD1世紀には、エルサレム市内だけで480もあったと言われます。AD70年、エルサレム陥落後、ユダヤ人たちが世界に散らされると、ユダヤ人たちは定住した町に、まず最初にシナゴーグを建てました。パウロは伝道で訪れた町で、まず最初にその地の会堂で、そこに集うユダヤ人と、イスラエルの神を慕う異邦人に、キリストの福音を伝えました。
地中海世界の平和、共通の言語コイネーのギリシャ語、整備された道路と旅の安全、シナゴーグといった舞台が整うなかで、救い主キリストの誕生があったのです。(成長 12月8日 ザカリヤの讃歌 グレード5 編者 横山幹雄より、引用、編集)
パウロが言うように、「 世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」
              コリントの信徒への手紙Ⅰ 1章21節

天使による誕生告知
イスラエルの祭司ザカリヤ、そして、祭司アロンの家系である妻エリザベトは、正しい信仰の持ち主でした。しかし、彼らは不幸でした。子供がいないので世襲の祭司職は断絶することが決まっており、その寂しさはより強く、絶望感漂うものでした。時代は、エドム人出身のヘロデ大王の時代、ユダヤは、ローマの統治下におかれ、若者たちは、ギリシャ文化とローマ式生活に染まり、ユダヤの伝統も、父祖伝来の宗教心も失われつつある時代でした。
1章8節 ザカリヤは、自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、 祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。香をたくことは、祭司の一生に一度しか許されず、また、くじ運によっては、一生に一度も当選しない祭司もあったと言われます。香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。 ザカリヤはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。 天使は言った。「恐れることはない。ザカリヤ、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベツは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。 その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。 01:15彼は主の御前に偉大な人になり、…イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。 彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」
天の使いが「ザカリヤ、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリザベツは男の子を産むであろう。」と告げた時、ザカリヤは、わたしは、老人ですし、妻も年をとっています」と言って抵抗します。ザカリヤにとって御使いの言うことは、理屈に合わないことでした。
これと同様の出来事が、創世記の17章にあります。17:15神はアブラハムに言われた。「あなたの妻サライは、名前をサライではなく、サラと呼びなさい。 17:16わたしは彼女を祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。わたしは彼女を祝福し、諸国民の母とする。諸民族の王となる者たちが彼女から出る。」 17:17アブラハムはひれ伏した。しかし笑って、ひそかに言った。「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか。」 17:18アブラハムは神に言った。どうか、イシュマエルが御前に生き永らえますように。」 17:19神は言われた。「いや、あなたの妻サラがあなたとの間に男の子を産む。その子をイサク(彼は笑う)と名付けなさい。わたしは彼と契約を立て、彼の子孫のために永遠の契約とする。
アブラハムもサラも百歳と90歳の老人にどうして子が生まれようか。と心の中で言い笑ったのです。そこで神は、「その子をイサクと名付けなさい。」といいます。イサクの意味は、「あざ笑う」です。
神さまのなさることについて、「私も年をとっており、妻も年をとっております」という老人意識が、新しい事件の告知と、新しい時代の胎動を信じさせないのです。
デンマークの哲学者キエルケゴールは、「死に至る病とは絶望することである」と言ってます。私たちが神と共に何かを始めるなら、神と共になければ、何も始められません。神の前に年を取りすぎたということはないのです。神さまの福音に対しては、頑なな心を捨てて、「老人は夢を見る」しなやかな、若々しい心を取り戻さねばなりません。
このアブラハムとサラの出来事、ザカリヤとエリザベトの話、この二つとも、彼らの建前とか、理屈とか、常識とか、そういうものを全部取り払って、神さまはご自分の業をなしてゆかれるということです。福音書記者ルカは、福音は人間の都合などにお構いなく、神さまがお与えになることなのだというのです。お構いなくは人間の言い分ですが…。それは、理屈で説明できるものではありません。神様は、現実の出来事として、アブラハムにサラに、ザカリヤにエリザベトに出会われるのです。
1章19節 天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。 あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」
これは、一つの罰、不信仰の結果でしょう。神の出来事に出会うとき、私たちは、己の思いを、信仰を、不信仰を、神の御業に自分を明け渡すしかないということです。ここで大切なことは、この出来事を通して神さまが私たちに出会っていらっしゃるという事実であり、共におられるという事実なのです。

沈黙のザカリヤ
口のきけなくなったザカリヤにとって、大きな苦しみは、不信仰の苦しみでした。ザカリヤは、その喜びに、蚊帳の外に置かれ、沈黙を余儀なくされたのです。
加藤常昭先生が宗教改革者ルターの言葉を引用しております。ルターは、ザカリヤを「不信仰が沈黙せしめた人」と云っております。不信仰が黙らせた、私たちの不信仰はおしゃべりです。そんなこと信じられないと言い張ります。神さまがおられるとは思えない、神さまがおられるのに、こんなことがあってよいのか。口に出さなくても、心の中で呟き続ける。ザカリヤの不信仰を沈黙させているのは、不信仰を裁く神です。
ザカリヤは、沈黙を通して、自分の不信仰を思い知らされ、考え続けたのです。そして、ルターが付け加えたように、「不信仰が沈黙せしめた人を、聖霊が預言者へと変える」変えたのです。それが、ベネデクトス ほむべきかな イスラエルの神と詠わせるのです。

名前を付ける
ユダヤの国では、子供が生まれて8日目に名前をつけなければならなかった。どの名前にするのか、当時の通例は、父親の名前か、先祖の名前でした。当然集まった親戚は、ザカリヤとすべきです。ザカリヤは、祭司の家柄であります。前例にないことはあまりしない、それが平和の道でした。
しかし、これにエリザ別が従わなかったのです。この子の名前はヨハネ、それは御遣いが言った名前です。ザカリヤがガブリエルから伝えられたことをエリザ別も知っていたのです。すると、ザカリヤが人々に板を持ってこさせ、その板に、「名はヨハネ」と書いたのです、ヨハネという名前は、旧約に出てくるヨハナン{ヤハウエは恵み深い}「主は恵み深い」という意味があります。それは、来たるべき救い主キリストの誕生の予告であり、横綱の土俵入りの時の、露払いのような役割であります。ヨハネはこの役目を果たすのです。
ザカリヤとエリザベツ夫妻にとっては、自分たちに与えられた子供は、神さまから与えられたもの、この幸せ、喜びを与えて下さった神さまに服従することこそ、第1のことなのでした。

ザカリヤの讃歌
第1部 68~75節は、救い主を送ってくださった神への讃美です。
救い主はわたしたちを敵の手から救い出してくださると謳われ、敵から救い出してくださる目的は、自由で理想的な神礼拝をさせて下さるためと告白します。
第2部は76~79節です。幼子ヨハネの使命についてです。彼は神の預言者となり、キリストの道備えをする使命と罪の赦しのメッセージを委ねられます。ヨハネの派遣によって現された神の憐れみは、やがて、イエス・キリストの誕生によって実現するのです。