日本キリスト教団 東戸塚教会

2019.2.24「中風の人をいやす」

Posted on 2019. 2. 25, 牧師: 藤田 穰

ルカによる福音書5章17~26節
 05:17ある日のこと、イエスが教えておられると、ファリサイ派の人々と律法の教師たちがそこに座っていた。この人々は、ガリラヤとユダヤのすべての村、そしてエルサレムから来たのである。主の力が働いて、イエスは病気をいやしておられた。 05:18すると、男たちが中風を患っている人を床に乗せて運んで来て、家の中に入れてイエスの前に置こうとした。 05:19しかし、群衆に阻まれて、運び込む方法が見つからなかったので、屋根に上って瓦をはがし、人々の真ん中のイエスの前に、病人を床ごとつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、「人よ、あなたの罪は赦された」と言われた。 05:21ところが、律法学者たちやファリサイ派の人々はあれこれと考え始めた。「神を冒涜するこの男は何者だ。ただ神のほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」 05:22イエスは、彼らの考えを知って、お答えになった。「何を心の中で考えているのか。 05:23『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか。 05:24人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に、「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われた。 05:25その人はすぐさま皆の前で立ち上がり、寝ていた台を取り上げ、神を賛美しながら家に帰って行った。 05:26人々は皆大変驚き、神を賛美し始めた。そして、恐れに打たれて、「今日、驚くべきことを見た」と言った。
若い人の病気公表
 水泳の池江瑠花子さんが、白血病を公表いた。18歳とは思えない、毅然とした態度であった。神さまは乗り越えられない試練は与えない。(マザーテレサの言葉の引用?)私は病気の壁を必ず乗り越える。聖書で言えば、「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(Ⅰコリント書10章13節)である。治して元気な姿を見せて欲しい
 堀ちえみさん、舌がんでレベル4を公表、11時間に及ぶ手術に成功したとブログを更新、手術にあたり7人の子のために生きると決意、是までも、腰痛、大腿骨頭壊死、リュウーマチなどの難病を克服している。お子さんたちに、元気な姿を見せて欲しい。当教会では、池田 尊兄が 順天堂病院入院 足のがんの手術待ちである。手術の成功を祈ります。
 今日は、主イエスの中風の人の病気の癒しを通して学びます。

カファルナウム伝道
 ガリラヤでイエスの名は広まり、多くの群衆がイエスの後に従うよう
になった。イエスの病気の癒しと権威ある教えは、多くの人々の驚きで
した。イエスはガリラヤ湖のほとりのカファルナウムを訪れ、アンデレ
とペトロの兄弟の家に入った。群衆がその家の周りに集まって来て、入
り口は身動きの取れない状態であった。そこに都エルサレムから来た、
ファリサイ派の人々と聖書に通じた律法学者たちも混ざっていた。それ
は、イエスのことが都エルサレムまで知られていた証拠であった。
 この人たちは何をしに来たのであろうか。彼らはイエスの話を聞くだ
けでなく、イエスを批判し、対決しようとしていた。

 律法学者やファリサイ派の人々を知るには、彼らの律法に対する関係
を理解しておく必要がある。イスラエルのバビロン捕囚からのエルサレ
ムへの帰還は第1次帰還のBC538年から第2次帰還のBC440年にわた
った。彼らは、エルサレム神殿を再建したが、国家を統治する基礎をモ
ーセ律法におき、その戒めを遵守することを決意した。
 モーセの十戒は、原則を示しますが、それらの具体的規則はありませ
んでした。律法学者たちは、生活の場面、場面、状況に応じて規則を規
定する必要を感じた。例えば、第4の戒め「安息日を覚えこれを聖とせ
よ」、「安息日には、どんな仕事もしてはならない。」彼らは、安息日
に禁止する仕事を39項目に区分した。その一つに、安息日には荷物を運
んではならないとある。「荷物」とは何か。「ほしいちじく1個、一杯
のぶどう酒、一本のペンを造る葦」ととめどなく続く。安息日に歩ける
のも800m以下に限られていた、という具合に細則が定められた。
律法学者すなわち、律法の専門家は、律法に自分たちの存立根拠を置
いていた。律法学者やファリサイ派の人々は、これらの規則一つでも破ることは死罪に値するとした。彼らは死に物狂いで、律法の規則を守ろ
うとした。
 しかし、イエスは、これらの規則に何の必要も感じなかった。安息日
に麦の穂を摘んだと労働違反を指摘された弟子たちに注意もしなかった。安息日に、会堂で命の危険のない足の不自由な人を癒やした。安息日に命の危険のない人を癒すことは律法違反であった。 しかし、イエスは、必要を訴える人の叫びに耳を傾けた。ファリサイ派の人々からすれば、イエスは、不法者であり悪人であった。彼らはイエスを憎み、イエスを亡き者にする理由を見出そうと狙って、ガリラヤまで来たのである。

  そこに4人の人が中風の患者を戸板に乗せてやって来ました。家の中に入れてイエスの前に置こうとした。 しかし、群衆に阻まれて、運び込む方法が見つからなかったので、屋根に上って瓦をはがし、人々の真ん中のイエスの前に、病人を床ごとつり降ろした。寝床をかついで来た人たちは、イエスに近づくために、それ以外の方法は考えられなかったのです。イエスはその人たちの信仰を見て、「人よ、あなたの罪は赦された」と言われた。
  これに素早く反応したのは、律法学者、ファリサイ派の人々でした。彼らは心の中でつぶやきました。ファリサイ派の人々は、「神の他に誰が罪を赦せるか」と呟きました。罪は神に反逆し、神の道を外れることです。罪を赦せるのは神さまご自身だけです。当時、罪が赦されるのは、年に一度の大贖罪日の日だけでした。
 レビ記16章にあります。罪の赦しは、年に一度の贖罪の日に、神殿や祭司の関与の許になされました。16章29節 以下に、「あなたたちの守るべき不変の定めである。第七の月の十日にはあなたたちは苦行(贖罪のための断食)をする。何の仕事もしてはならない。土地に生まれた者も、あなたたちのもとに寄留している者も同様である。 なぜなら、この日にあなたたちを清めるために贖いの儀式が行われ、あなたたちのすべての罪責が主の御前に清められるからである。 これは、あなたたちにとって最も厳かな安息日である。あなたたちは苦行をする。これは不変の定めである。」
この日、イスラエルの全国民から、一切の汚れと罪を除き、聖なる民とするために、悔い改めの断食が定められた。この日以外に、罪の赦しはありえなかった。律法学者たちも神の言葉として、罪の赦しが出てきたとすれば何の異存はないのです。ところが、ナザレのイエスが、人間が人間の罪の赦しを宣言したのです。これは、人間の分際を超えるもの、神を冒涜する行為として、断じて許すことができないというのです。イエスは、神を冒涜した、これが、大祭司カヤパの法廷でのイエスの死刑宣告につながるのです。マタイ26章63節以下、イエスは黙り続けておられた。大祭司カヤパは言った。「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか。」 イエスは言われた。「それは、あなたが言ったことです。しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る。」そこで、カヤパは服を引き裂きながら言った。「神を冒涜した。これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は今、冒涜の言葉を聞いた。どう思うか。」人々は、「死刑にすべきだ」と答えた。
  神を冒涜する言葉は、イエスが神の右に座し、天の雲に乗って再び地上にやってくるの言葉です。イエスは、自分を神の右に座する者ととした、神に等しい者と宣言したことにあるのです。
  北森嘉蔵先生は、キリスト教において、神が神の姿をとったまま、罪の赦しを宣言しても罪の赦しにはならないのです。神が人間の姿をとって、人間の代わりに、人間の罪を背負うということがないと罪の赦しにならないのです。これが、キリスト教的な罪の解決法であり、どうしても、救い主は、人間でなければならないのです。 律法学者たちも罪の赦しそのものには躓いていません。神さまが直接仰るならば問題なかったのです。なぜ、律法学者たちが不審に思ったのか。人間であるナザレのイエスが、罪の赦しを宣言したからです。
十戒の第1戒は、あなたは私をおいてほかに神があってはならない、です。律法学者たちの発想には、神の子が人間の形をとってこの地上に来られるという考えはないのです。しかし、私たちキリストは者は、今、使徒信条で地上に生まれた神の独り子イエス・キリストを救い主と告白しております。ここが、ユダヤ教と完全に違うところなのです。
  
  しかし、主イエスは、神さましか発し得ない、「あなたの罪は赦された」という。この中風の人の罪とは何か。中風の人は、その病の苦しみ、起き上がることさえできない、その病を憎んだ。彼は、倒れたその日から、自分自身をコントロールできなくなったのである。この病は治らない。彼は、神さまよりも病にしか目を向けない、命よりも死を間近に感じていた。不信仰に陥っていたのであろう。神なしの闘病は罪である。罪の結果は死である。そこに創造の命がない。
病は人生の矛盾ですが、旧約聖書的には、人間が罪を犯したときから病気が入り込んだと考えているのです。ですから、罪が許されなければ、根本的解決にならないのです。中風の人にとって、中風という病気が最大の矛盾ですが、イエスの目から見れば、病気はその結果であって、根本的解決のためには、罪の問題を解決することなのです。罪が許されて神さまと和解し回復することがイエスの心なのです。

病が神の御手のなかにあるとしるとき、健やかに病むことが出来る。
水野源三さんは、9歳のとき赤痢による高熱のため、脳性麻痺を起こし、目と耳以外の機能を失った。12歳の時に聖書に触れ、13歳で受洗した。瞬きの詩人と云われました。その信仰は、私の恵はあなたに十分である Ⅱコリント書12章9節 我が恵み汝に足れりです。「感覚」という詩  脳性マヒで 自由を失った 私の体にも 感覚は残っている 春の暖かさも 夏の暑さも 秋の爽やかさも 冬の寒さも 感じる神様の 限りない恵みを 強く強く感じる 水野源三さんは、痛みも苦しみも、神さまに生かされていると感謝の信仰の日々を送りつつ47歳の生涯を終わりました。

この中風の人は、どのような日々を送っていたのでしょうか。嘆きと死の確かさを間近にみていたのかも知れません。しかし、彼には4人の友人がおりました。彼らは、イエスの噂を耳にしたのでしょう。カファルナウムにおられる。彼らは、 戸板のようなベッドに中風の人を乗せ、急いで宇やって来ました。しかし、イエスのおられる家の入口はイエスの話を聞く人で一杯です。彼らは、その家の屋根を破って、病人をベッドごとイエスの前につり下ろしたのです。他人の家の屋根を破っても、イエスに治して頂く。イエスは、この熱心な思いを信仰と受け止めて下さったのです。
イエスは、その人たちの信仰を見て、この中風の人の罪は赦された。起きて床を取り上げよ と言われました。

 ここには、4人の信仰により、中風の人の罪は赦され、病は癒されたのでした。このような信仰の肩代わり、代理の信仰は許されるのか。C・メラー
という神学者が、代理という意味について記しています。
「代理というのは、一人の人間をそのまま置き換えてしまうことではなく、いつか再び、その人が占める場所を取っておいてあげる」ということなのです。そうとすれば、教会員の牧師に寄せられる期待も、正しく理解すれば、牧師が教会員の信仰にとって代わって、自分で信仰を持っていてくれれば良いというものではない。むしろ、牧師が教会員が信じるための信仰の場所を取っておくという務めを果たすということである。教会員から、「先生、私に代わって祈ってください。」という願いが述べられるとき、今は信仰の試練を受けている彼が、自分の力で信じることができるようになるまで信仰を待っていてくれると有難いという望みなのである。」
(C・メラー 慰めの共同体・教会) 
これは、牧師に言われていることだが牧師に限られたことではない。こういう信仰が教会員相互にあらわれるために牧師を代表に語られているのである。 
神学者C・メラーの『慰めのほとりの教会』に一人の牧師の話が記されていました。彼の教会は毎朝午前7 時から教会堂で祈ります。教会の仲間たちも、少ない時は7人、多い時は15人くらい参加します。ある朝は天候が悪く、集まったのは牧師一人でした。彼はいつものように祈りの時を持ちました。一人の教会員がこう言ったというのです。「一日が始まるときに、明かりが教会堂についている教会堂で、人びとが祈っている。とりなしをしてくれていることを知ることは、こころに安らぎと慰めを与える確かさです。」
教会の礼拝の中で、祈り、讃美する声、み言葉に応える人々が信仰が弱っている仲間のために、その人の分まで祈り、讃美し、み言葉に応答することが赦されているということである。礼拝の席にたどり着けない誰かに神への呼び声が再び与えられるとその人の分まで信ずることである。こうした形で上げられる神への呼び声が、神に聞き入れられるということなのです。

 母モニカの息子アウグスチヌスに対する執り成しの祈りも然りです。
モニカには深刻な悩みがありました。大切な息子のアウグスティヌスの奔放な生活です。まことの神に従わず、19歳で母の同意もなく同棲して2人の子供をもうけました。そのうえ、アウグスティヌスは、善悪二元論を唱えるマニ教に帰依して、ますます神様から離れていきます。
心痛めたたモニカは、主教のアンブロシウスに相談しました。主教は、「安心して帰りなさい。涙の子は決して滅びることはない。」と励ましました。モニカは、息子のために、涙を流して何年も熱心に祈り続けました。そして、天に召される1年前に、モニカの祈りは応えられたのです。すでに32歳になっていたアウグスティヌスが、主教アンブロシウから洗礼を受けると、モニカは、「私がこの世に少しでも生き永らえたいと思った望みは、一つだけでした。それは死ぬ前に、クリスチャンになったアウグスチヌスを見ることでした」といって喜んだという。
アウグスティヌスは、中世キリスト教会最大の思想家といわれるほどになりました。『人は神に造られたものであるから、神に帰るまでは決して心に平安がない』と言った彼のことばは、若い頃を思い出してのことでしょう。母モニカの祈り、涙は、アウグスチヌスの信仰の代理、肩代わりなのです。 
 
 イエスが、中風の人に、「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われた。その人はすぐさま皆の前で立ち上がり、寝ていた台を取り上げ、神を賛美しながら家に帰って行った。 罪赦された故に、中風を癒された男は、神を賛美し始めるのです。人々は皆大変驚き、神を賛美し始めた。そして、恐れに打たれて、「今日、驚くべきことを見た」と言った。この驚きは、パラドックサということばです。英語はパラドクスです。日本語で逆説という言葉です。ドクサという言葉は、誰もが思っている常識的な考えですが、それに逆らうもの、そぐわないことが起きる、これがパラドクサです。日常感覚にそぐわない、理解しがたいことが起きた、自分たちの思いに逆らうようなことが起きたということです。我を忘れるほどの驚きに人々は捕らえられたのです。それほど、驚愕すべき、強烈な出来事でした。これが、イエスによる罪の赦しの出来事でした。