日本キリスト教団 東戸塚教会

2019.8.18「きのうの敵は今日の友か」

Posted on 2019. 8. 19, 牧師: 杉村 和子

聖書 マタイよる福音書5章43~48節
05:43「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。 05:44しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。 05:45あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。 05:46自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。 05:47自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。 05:48だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。

この箇所は、イエスの山上の説教として有名な教えです。今日の5章43~48節、その中でも今日の「敵を愛しなさい」というイエスの言葉は、感銘を受けるが、それを守るのは難しい。「隣人を愛し敵を憎め」という言葉は、レビ記19章18節に由来する。ルカ福音書のサマリア人の譬えに記されている「隣人を愛しなさい」という言葉も当時のユダヤ人の捉え方でした。しかし、マタイは、この旧い言葉をイエスの新しい律法にする。敵を憎むは当然のことです。また、隣人を愛することも当然のことです。当時のユダヤ人にとって、隣人は、神さまに従う共同体としての隣人であり、そこに異邦人は含まれません。 異邦人は敵になり、憎んでも仕方がないことになる。
しかし、イエス様は、「敵を愛しなさい」と言われる。ここでは、イエス様ならではの敵の概念がある。それは、同胞、仲間であるユダヤ人が敵になっているとも捉えることが出来るのです。イエス様ご自身が迫害されております。その迫害者は、律法学者であり、サドカイ派であり、ローマの兵士であった。この事は、同時に人々から除外されている貧しい人々の立場と重なるのです。それは、イエス様の話を聞きに来ている罪人として除外されている人たちでした。自分の周囲が敵だらけ、同胞が敵であるということです。
自分に危害を加え、人格を踏みにじっている敵と云える人たちを、イエス様は愛しなさいと言われるのです。しかし、そういわれてもそれを実行することは難しい。
しかし、このイエス様の言葉に生きようとした方がおりました。大磯にエリザベス・サンダースホームという施設があり、沢田美喜さんという方が始められました。先日、小手毬るいさんが書かれた「名もなき花たち」という本を読みました。これは、戦争孤児・混血孤児と共に生きた沢田美喜さんと子供たちの関りを描いたものです。この8月は日本にとって忘れもしない、広島、。長崎の原爆投下そして、15日は日本の終戦記念日でした。あれから74年、日本は戦争せず平和であった。しかし、戦争の置き土産は今でも人々の心を痛めている。計り知れない多くの貴い命が消えたこと、戦後は沢山の戦争孤児が巷に溢れた。その子供たちは、今でいうストリートチルドレンとなり、ある子どもは施設で育ちました。
その中でも日本に進駐した米軍兵士との間に生まれた子供たちは、混血であるが故に捨てられた。その子供たちのために、沢田美喜さんは、容易御施設を建てたのです。その名前は一番に寄付してくれたエリザベス・サンダースさんにちなんだものです。沢田さんは78歳で召されたが、33年簡に、2千人の孤児たちを育てました。沢田さんの書かれた「母と子の絆、エリザベス・サンダースホームの30年」のあとがきにこう記されている。沢田さんは子供たちを一つの花だという。道の傍らに寂しく咲いている花、…日陰にしぼみかかって首うなだれている花、一つ一つを、胸に抱き、頬ずりをして、一つの束にし、美しい花束を造った。その花はいつも沢田さんに大きな喜びと希望を生み出してくれたと書いている。その子供たちは立派に成長し、社会に、世界に貢献したということです。
沢田さんは、三菱財閥を作り上げた岩崎弥太郎の孫として生まれました。金持ちの家庭でしたが4、質素な暮らしをしていたそうです。坂本龍馬の話に出てきますが、岩崎弥太郎は貧しさからはいあがりました。沢田さんは小さなときから物を大切にすること、人に感謝することを学んだという。5歳の時、運命的な家庭教師に出会う。それはクリスチャンの後に津田塾大学を創った津田梅子でした。梅子から「人間皆平等」ということを学んだという。15歳の時、風邪で休んでいた時、一人の看護師さんの声が耳に響きました。「汝の敵を愛せよ」このイエス様の言葉が心に残りました。それから、家族に隠れて聖書を読むようになりました。後に外交官と結婚、いろいろな国で生活をし、
戦後帰国しました。
ある日、夜行列車に乗った時、網棚から風呂敷包みが落ちてきました。
抱きかかえていると、警官が来て、中を開けるように迫りました。何枚もの新聞に包まれたその中身は、茶色の塊、乳児、混血児の死体でした。沢田さんは、母親と間違えられたのです。疑いはすぐに晴れました。ゴミのように捨てられた命、胸が張り裂けそうでした。その時、神さまの静かな声が聞こえました。「お前が一時的にもこの子の母とされたのなら、こうしたん異本中の子どもの母にならないのか」この言葉に触発された沢田さんは、このような孤児のために、5千通もの寄付の嘆願書を各国の友人に送りました。やがて、集まった寄付で大磯の別荘を国から買い戻し、孤児たちのホームを建てました。周りからは、「何故、憎らしい敵の子を育てるのか」と憶測され、経営は困窮を極めました。しかし、次第にこの働きが知れわたるようになりました。まさに、「汝の敵を愛しなさい」という言葉が実を結んだのです。
今の日本、豊かになっても、自分の子どもを育てない親がいます。そ
のような記事を読むと心が痛みます。子供は皆で育てねばなりません。
人間は愛されるために、命を与えられているのです。
そうかといって、人間はいつも戦いながら歩んでいます。その最たる
ものが戦争です。そこで犠牲者になるのは、弱い立場の子どもや女性で
す。イエス様の時代と変わっていません。今では経済戦争があり、貧し
い国の人々は、他国へ働きに出て、移民となり、そこで差別や偏見にさ
らされています。まるで、周りが敵のようです。イエス様の言葉が突き
刺さります。「敵のために祈りなさい」何のために祈るのか。「きのう
の敵は今日の友」という言葉があります。傷ついた心はそう簡単にはい
やされません。許すことさえ難しいのです。 でも、もしかすると「き
のうの敵は今日の友」になることだってできるのではないかと思います。
主の祈りを思います。そこには、「私たちが敵を赦しますから、私た
ちの罪を赦してください」とあります。神さまがその罪を赦してくださ
っているから、私の罪を、人を赦せない私を赦してください」と祈る。
少しでも許せる私にしてくださいと祈る、ことしかできないと思います。
自分にとっては、赦せない人でも神さまは愛しているのだとイエス様
はいわれました。45節、「あなたがたの天の父の子となるためである。
父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨
を降らせてくださるからである。」それは、その人を選んでいるのでは
ない。すべての人に恵みを与えていると云われます。神さまは悪い子で
さえ、愛してくださいます。それは、その子が目を覚まし、いつか、自
分の許に戻ってくることを信じているのに、他なりません。だからこそ、
御子イエスを十字架に架けらえたのです。それは、私たちの罪を赦すた
めでした。その恵みに感謝するとき、私たちは昨日までの憎しみから解
放されるのです。イエス様に願う事さえ、できない私たちですが、「き
のうの敵は今日の友」でありたいと願います。