日本キリスト教団 東戸塚教会

2019.8.25「隣人とは誰か」

Posted on 2019. 8. 26, 牧師: 藤田 穰

聖書 ルカによる福音書10章25~37節
10:25すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとし
て言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでし
ょうか。」 10:26イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそ
れをどう読んでいるか」と言われると、 10:27彼は答えた。「『心を尽
くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である
主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」
10:28イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そう
すれば命が得られる。」 10:29しかし、彼は自分を正当化しようとして、
「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。 10:30イエスはお答
えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追い
はぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺し
にしたまま立ち去った。 10:31ある祭司がたまたまその道を下って来た
が、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。 10:32同じように、
レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通
って行った。 10:33ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに
来ると、その人を見て憐れに思い、 10:34近寄って傷に油とぶどう酒を
注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
10:35そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の
主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかか
ったら、帰りがけに払います。』 10:36さて、あなたはこの三人の中で、
だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」 10:37律法の
専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われ
た。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

ドナルド・キーンさんと沖縄戦
東日本大震災の後、日本に帰化し、今年3月96歳で天に召された日本文学者のドナルド・キーンさんについて触れます。 1940年18歳のとき、日本文学に出会った。アーサー・ウエイリーの英訳、源氏物語である。 源氏物語の世界、争いのない貴族たちが繰り広げる美だけの世界に彼は傾倒したのです。折しも、第2次世界大戦勃発、ドイツが欧州各地を占領していました。キーンさんは、どうすれば武器を持たずに争いをやめさせることが出来るかをいつも考えていたので、余計に心惹かれたと言います。 その年、コロンビア大学で日本文化を角田柳作から学ぶ。生徒は彼一人だった。 日本語を学んだキーン氏は、太平洋戦争がはじまると、海軍日本語学校に入学。戦時中通訳士官として海軍情報局で日本語文書の解読に従事した。その後、従軍して北太平洋アッツ島での日本軍の玉砕を目の当たりにした。 1945年4月沖縄戦へ。沖縄上陸後は陸軍歩兵師団の通訳となり、武器を使わないことを自らに課したという。民間人を巻き込んだ沖縄戦、米軍の投降呼びかけのビラを見て、一人でも助かるのを願った。キーンさんは、沖縄の洞窟を片っ端から回り、中に誰かいないか呼びかけた。しかし、「日本軍の兵隊や民間防衛隊は、勝ち目のないのに、爆弾を背負って突撃してきた。自殺する女性や子供もいた」沖縄で見た日本軍の文書には、「捕虜になると女性は強姦され、子供は殺される」と書いてあった。日本陸軍の戦陣訓「生きて虜囚の辱めを受けず」が民間人にも適用されていた。キーンさんは、「だから、死ななくていい人たちが命を絶った。」と日本軍を批判している。沖縄での、民間人の犠牲者は、12万人にも達した。
戦後、沖縄を訪問、敵味方関係なく戦死者の名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」に彫られた一人一人の名前を見て、どんなことがあっても戦争を避けるべきだと思いましたと語っている。また、沖縄について「誰も説明しないまま、大きな米軍基地が置かれている」と語った。生涯、沖縄の米軍基地を訪れることはなかった。反戦の思いをこう語っている。「真珠湾の教訓は、再び誰にも銃口を向けず、武力行使をしないこと、争いのない平和こそが勝利である。」
そして、沖縄戦で思い出すのは 沖縄戦の海軍司令官 太田実中将の言葉である。彼は、司令部の壕で自決する前に、「一木一草焦土ト化セン 糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ 沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ と海軍次官宛てに打電した。
(草木の一本も残らないほどの焦土と化そうとしている。食糧はもう6月一杯しかもたない状況であるという。沖縄県民はこのように戦い抜いた。県民に対し、後世、特別のご配慮をしていただくことを願う。)
沖縄でこの司令部の壕を見学したがなんとも言えない気分になった。 沖縄戦の日本軍の戦死者6万5千人、米軍の死傷者であるが、7万5千人に上る。コノケッカ、米軍は、日本本土決戦を行ったら、米軍の死傷者は100万人を超えるとして日本本土上陸作戦を諦めたといわれる。沖縄の犠牲の上に私たち大和んちゅうの今日があることを忘れてはならない。
先日、杉村先生が触れられた、マタイ5章43節の言葉、05:43「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。このことについて触れたい。 「隣人を愛し」は、レビ記19章18節の言葉ですが、前17節、「心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。」そして、18節「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。」とある。
しかし、後半の「敵を憎め」という言葉は、旧約聖書のなかに見いだされない。むしろ、旧約聖書は、敵、当時は外国人を指すが、寄留の外国人についても、レビ記19章33~34節、「寄留者(外国人)があなたの土地に共に住んでいるなら、彼を虐げてはならない。 あなたたちのもとに寄留する者をあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。なぜなら、あなたたちもエジプトの国においては寄留者であったからである。わたしはあなたたちの神、主である。」と公平に扱うように命じている。
しかし、イエスの時代の愛国心、ナショナリズムの高揚からすれば、イスラエルの民族が、国家を愛し守るためには、敵であるローマ人や外国人を憎めというのは当然の考えともいえます。
髙橋三郎先生は、聖戦思想との関係で「敵を憎め」を理解しています。 モーセの指導の下敢行されたエジプト脱出は、神が大能の御手をのばして、エジプト王ファラオの軍勢を海に吞みつくすという奇跡がない限りありえない、後の荒野の旅も神の救助がない限り成り立たない。ヨルダン川を渡りカナンに入る最初の戦いエリコ攻略においても、常に、神御自身が先立ち、すべての戦いを「聖戦」として、イスラエルは、進んだのである。そこから、「イスラエルの敵」は、「神御自身の敵」であると認識したのは必然である。その後、異民族の圧政の下に置かれたマカベア戦争においても、聖戦の思想は燃え上がった。イエスの時代においても、反ローマ闘争における敵意は、神の命じたもうところと信じていたのである。このような、歴史的背景に留意するとき、「あなたの敵を憎め」と教えられているのは、的確に当時のナショナリズムの風潮・精神状況をあらわしているのである。
しかし、これに続いて、イエスが教えられた「あなたがたの敵を愛し、あなたがたを迫害する者のために祈れ」は、2千年後のこの世界広しといえど、どこの国においても乗り越えられていないのである。

今日の聖書に移る。律法の専門家とは、律法学者のことであろう。
「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」 イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」
永遠の命を受け継ぐとは、神の国、天国にはいることです。律法にある最初の言葉は、申命記6章4節~5節の引用です。「 聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。 あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」この言葉「聞け」は、「シェマ」というヘブライ語で、シェマの祈りと言って朝夕、いつもこの教えを唱えていたのです。後半の「隣人を愛しなさい」は、レビ記19章18節の言葉です。律法学者は、いつも教えていることですからすっと答えました。
28節 イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」 しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。 塚本虎二先生は、「正当化しようとして」の部分を「照れ隠しに」と訳されました。大勢の聴衆の前で、主イエスにその質問をあっさりかたづけられたので、バツが悪かったのです。「隣人とは誰ですか?」「どの範囲まで愛したらよいのですか」と尋ねます。
イスラエルでは、隣人とは同じ神への信仰を持つ、同胞のことであると考えていました。それは、イスラエルの神を信じる者たちという意味です。しかし、さきほどのレビ記19章34節には「「19:33 寄留者(外国人)があなたの土地に共に住んでいるなら、彼を虐げてはならない。19:34 あなたたちのもとに寄留する者をあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。なぜなら、あなたたちもエジプトの国においては寄留者であったからである。わたしはあなたたちの神、主である。」とあります。イエスの時代よりも広い心でとらえていたのです。
同胞のように扱いなさい。寄留している人は、何年寄留している人なのか。イエスの時代には、これを狭く狭く解釈しようとしていたのです。外国人が長く住んでいても、イスラエルの神を、ユダヤ教を信じなかったら隣人とは認めないという学者も多かったのです・。
彼らにとって隣人とはユダヤ人だけです。厳密に考えれば、ユダヤ人でも信仰のない人はだめでしょう。イエスは、罪びとや遊女たちと交際している。このような背景を踏まえて、律法学者は主イエスに 「隣人とは誰か」と問いました。この答えとして話したのが、良きサマリア人の譬えです。
ここには、サマリア人が出てきます。サマリアは、BC8世紀半ばまでは、北イスラエル王国の首都でした。この頃アッシリアが興り、サマリアは、アッシリアによって滅ぼされました。占領したアッシリアは、混血政策をとり、国の主だったものを連れ去り、他の民族をサマリアに連れてきたので、民族的混淆、宗教的混淆が起こりました。南ユダ王国の人々はこれを軽蔑しました。後に、サマリアはモーセ五書に立ち帰り、ヤハウエの神を信じました。しかし、宗教の純粋と血の純潔を重んじた南ユダは、共に天をいだかず、犬猿の仲になってしまいました
イエスさまは、話しだしました。「ある人がエルサレムからエリコへ下
って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。
エルサレムからエリコへは、27kmの旅路です。エルサレムは、海抜
800m、エリコは、水面下250m、高低差1000mの山谷の多い道で、追剥の現れるような場所がいくつかありました。あるユダヤ人がエリコへ下ってゆく途中、追剥に遭い、服をはぎ取り、半殺しにしたまま立ち去ったのでした。そこに、ユダヤ人の祭司がやってきましたが、その人を見ると道の向こう側を通って立ち去った。祭司ならばと思いますが、レビ記21章1節、「親族の遺体に触れて身を汚してはならない」とあります。祭司は身を汚すと神殿での儀式を行うことができません。半殺しの人を介抱しているうちに死んだらという思いがあったかもしれません。次にレビ人がやって来ました。しかし、レビ人も祭司とおなじように道の向こう側を通って行ってしまいました。レビ人も律法に縛られた聖職者でした。
次にやって来たのは、ユダヤ人不倶戴天のサマリア人でした。その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱したのです。 そして、翌日になると、宿屋の主人にデナリオン銀貨二枚(現在の2万円)を取り、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』 さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」 律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」
ここに何を見るのでしょうか?主イエスは、祭司、レビ人もダメ、神に
仕えている人たち、当時の宗教を批判したのです。隣人とは誰か。ここには、民族感情とか、好き嫌いとか、憎しみを超えて、気の毒な人の隣人にならねばならなということです。そして、ここには、不倶戴天の敵をも愛すという、主イエスの「あなたの敵を愛しなさい」という隣人観が示されます。あなたの敵も隣人なのです。
イエスは十字架の上で、苦しい息のもと、自分を十字架につけた敵ともいうべき人々に対し、父なる神に、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」 (ルカ福音書23章34節)ととりなしの祈りをしているのです。
さて、この箇所に、「善いサマリア人」という題がついています。何故、
善いサマリア人になったのでしょうか。この話を聞いていたユダヤ人は、自分が追剥の被害者だったら、たえと死んでもサマリア人の親切を拒否する、民族の純粋性と信仰の純粋性ために拒否すると言ったかもしれません。何故、「善きサマリア人」になったのでしょうか。そこに、重要なのは半殺しにされた人です。この人が、サマリア人の憐み、愛を拒否したら、善いサマリア人は生まれません。
川島重成先生は、「このサマリア人を善いサマリア人にしたのは、何もできない半殺しにされた旅人でした。…全く弱い立場にある人が、何もできない状態に置かれつつ、その意存在が、人々の善意の行為を引き出す。そういう人たちが普通の人を善きサマリア人たらしめるということが起こりうるのです。」と述べています。
あの太平洋戦争の沖縄戦、「生きて虜囚の辱めを受けず」の日本軍の戦
陣訓の下、米軍の投降の呼びかけを退け、多くの前途ある若者が自決したのです。なぜ、助けられなかったのか残念です。投降を勧めたドナルド・キーンさんは、善いサマリア人に成りえた筈でしたが、そうはなれませんでした。
この7月の参院選で日本にも新しい動きが出てきました。山本太郎のれ
いわ新撰組の二人の重度身障者議員、国会に存在するだけで、新しい政治が、善いサマリア人が生まれる可能性を示しているのではないかなどと思います。