日本キリスト教団 東戸塚教会

2019.9.29「失われた二人の息子」

Posted on 2019. 10. 2, 牧師: 藤田 穰

聖書 ルカによる福音書15章11~32節
15:11また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。 15:12弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。 15:13何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。 15:14何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。 15:15それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。 15:16彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。 15:17そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。 15:18ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。 15:19もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』 15:20そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。 15:21息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』 15:22しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。 15:23それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。 15:24この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。15:25ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。 15:26そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。 15:27僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』 15:28兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。 15:29しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。 15:30ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』 15:31すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。 15:32だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」

 戯曲 アマデウス 
 アマデウスは、かの大作曲家モーツアルトのミドルネームで「神に寵愛される」という意味があります。このモーツアルトと同時代の宮廷作曲家サリエリを主題にして戯曲「アマデウス」を書いたのが英国の作家ピーター・シェファーでした。 「アマデウス」は、1984年映画化され、アカデミー作品賞を始め8部門で受賞しました。
1823年ウィーンの街でアントニオ・サリエリという老人の男性が自殺を行い、精神病院に運ばれた。意識が朦朧とする中で彼は「許してくれ、モーツァルト。殺したのは私だ」とつぶやいていた。オーストリア皇帝に仕えたこの老人、サリエリは、天才と言われるほどの音楽の才能の持ち主で、長い間、宮廷の楽長の地位にあった。彼は無償で音楽を教え、ベートーベン、シューベルト、リスト等を育てました。しかし、それもウォルフ・ガング・アマデウス・モーツァルトの出現で、彼の人生は大きく変わることになる。モーツアルトの才能は、神の賜物としか言いようのないものでした。彼は、は確かに天才でしたが、女性にだらしなくサリエリの思い人にまで手を出してしまう。モーツアルトは恋多き男でもありました。このことでサリエリのモーツアルトに対する憎しみは相当なものになってしまいます。どう考えても、納得できない。わたしは神からの贈物にふさわしくなるべく、ありとあらゆる誘惑を避け、真面目に、努力して生きて来たというのに、あのモーツアルトは、自分の欲望の赴くままに生き、何のお咎めもなく、恋をし、婚約し、結婚する身だ。サリエリは、モーツアルトに破滅をもたらすべく動きます。
 それは、オペラ「フィガロの結婚」の上演を阻止すること、実は皇帝はこの演目の上演は許していなかった。そのことを皇帝に密告するサリエリ。やがて、モーツアルトは、最愛の父が死に廃人のようになってゆく。この頃から庶民劇場でのオペラ「ドン・ジョバンニ」公演をすることに没頭する。全ては金のためだった。そして最後の復讐、それは変装したサリエリが、モーツアルトにレクイエムの作曲を依頼することだった。大金に目がくらみ、肉体的にも精神的にも限界まで達していたモーツァルトはオペラ「魔笛」の上映中倒れてしまう。しかし追い詰めるサリエリ。何とかレクイエムを仕上げろと言う。期日に仕上げたモーツァルト。しかしこの激務がたたったのか、35歳の12月息を引き取ったのだ。これがアマデウスのサリエリとモーツアルトの物語である。
 『アマデウス』でのモーツァルトとサリエリは、水と油のような仲として描かれていました。下品でマナー知らずと軽蔑されていたモーツァルト、真面目に努力して、宮廷の楽長の地位を築いたサリエリだけが彼のモーツアルトの圧倒的な才能に気付き、嫉妬を抱いて、やがて憎しみを抱いてしまうのです。
しかし、歴史的には、モーツアルトの死は病死とされています。また、二人の間はそれれほど悪くなかったとも言われます。
   シェファーが描いたのは、神の前に、清く正しく生きて来たサリエリの努力、自分の時間とお金を貧しい者のために神のために犠牲にしてきたという自意識。そして、天才の名をほしいままにし、無宗教に自分の欲望のままに自堕落な奔放な生き方をするモーツアルトでした。。この二人を比較すると、サリエリが放蕩息子の兄、モーツアルトが放蕩息子に位置づけられるでしょうか。

  二人の息子の物語の位置づけ
  この二人の息子の譬えをふくめ、この15章には、三つの譬えが語られています。何故、この譬えが語られたのか。1節以降に記されています。1節以下 徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。 すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。 そこで、イエスは次のたとえを話された、とあります。最初の二つの譬えは、「見失った羊の譬え」「失くした銀貨の譬え」であります。この二つの譬えと、失われた二人の息子」の譬えに共通するのは、失われた悔い改めです。ここには、悔い改めの必要がないと考える正しい人たち、「ファリサイ派や律法学者がおりました。ここには、悔い改める一人の罪人を祝福する一方で正しいとする人々と対決する主イエスの姿があります。
  たとえ話を辿ります。今日は、32節まで学びます。
  放蕩息子と言われた年下の息子が無理を言って自分の財産を分けてもらいます。イスラエルでは、父親の財産の生前の贈与、相続の慣習はありません。しかし、彼は、無理矢理に自分の相続分の3分の1を分けてもらい、現金に換えて、遠い国へ旅立ちます。
この弟息子は、遠い国で放蕩三昧に身を持ち崩し、挙句の果てに財産のすべてを使い果たします。それに加え、国中で飢饉が起こり、その日の食事にことをかくほどになりました。今まで、弟息子にちやほやしていた人たちも金の切れ目が縁の切れ目、誰一人、他国から来た息子にそっぽを向きます。息子はある人に泣きつき、やっとブタ飼いの仕事にありつきます。ユダヤ人にはは豚を飼う習慣も食べる習慣もありません。それは、律法違反です。しかし、この息子は、ブタの食べる餌を食べたいと願うようになった。ここまで堕ちて、彼は初めて我に帰るのです。「我に帰る」は、原文も、「自分自身に帰る」である。弟息子は、父の財産を手にしたとき、全き自由を得たと思った。彼は自分の国を出て、遠い町で、自分の金を自由に使った。しかし、自分が豊かで、思う存分の自由を手にしたとき、そこに真の自由はなかった。彼は自分自身を失っていたのだ。彼は、欲望の奴隷、富の奴隷に堕ちていたのだ。彼はブタ飼いにはなったが、ブタ以下になった。
  ここまで堕ちて、彼は初めて我に帰った。自分自身に帰った。そして、彼は、故郷の父を思い出した。自分の欲しいままの生活をしていた時、彼は、家族を父を失っていたのでした。窮乏のどん底で父を思い出したとき、自分の憐れむべき姿を見、父を、父なる神を思い出したとき、父に、神に帰らんとするとき、この息子は、我の死から解放されたのでした。
  これは、父なる神の家を離れ、自分の思うままに生活している私たち人間の姿でした。
放蕩息子は、「子と呼ばれる資格がない。父の家の雇人の一人にして貰おう」と故郷に帰ってゆくのです。父はどうか。弟息子を忘れていたのではない。いない間も、息子を案じていたのだ。
旧約の神は、詩編113:04主はすべての国を超えて高くいまし、主の栄光は天を超えて輝く。 113:05わたしたちの神、主に並ぶものがあろうか。主は御座を高く置き 113:06なお、低く下って天と地を御覧になる。
この低く下っては、左近淑先生の訳では、身をかがめて天と地を顧みる。天上におられる神が身をかがめ、ご自分を投げ出してわたしたちを 顧みられる。それは「身を落とす」ことであり、後の神の御子イエスの受肉につながる。身を落としへりくだられた神は、地上にまでくだり、御子イエスにおいて、我らの許に来てくださったのだ。
父親は、まだ遠く離れていたのに、息子を見つけた。家の外に出ていなければ、遠くの息子を見つけることはできない。父は、毎日、家の外に出て、一日千秋の思いで息子の帰りを待っていたに違いない。遠めに見る息子の姿に、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。
  ユダヤで老人が走ることはない。老人たる者は威厳をたたえて、堂々としていなければなりません。イエスは、この譬えの中で、老いた父親をなりふり構わず走らせています。息子を見つけた父親は、白髪を 振り乱して駆け出します。やつれて見る影もなくなった息子に向かって走り寄り、息子の首に両手をまいて、その首にキスをする。
  21節 息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』
 息子の言葉を聞いていないかのように、父親は僕たちに言いつけた。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。』  指輪は当時の実印で、財産相続を保証するものです。足に靴を履くは、奴隷ではなく、自由人であることを著します。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。」ブタは論外ですが、羊でも、鶏肉でない。最高のビーフで。「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』
  失われた息子の帰還、父の喜び、それは、神の喜びである。喜びの食事、祝宴になる。わたしたちを探す神は、ヨハネ黙示録3:20 見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。と呼びかけられる。
  25節以降を学びます。
 兄息子は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。ここで音楽と訳されている言葉は、「シンフォニア」シンフォニーになった言葉、交響曲です。少数であっても楽隊を抱えていたかもしれません。シンフォニーは、音が一緒に響くということです。
  そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。 僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』 兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめます。 しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。
   失われた兄
  この兄息子は、人生の優等生のような息子です。父の云うことを良く聞いて父親を困らせるようなことはありませんでした。しかし、その生活に喜びは有りませんでした。長年、父親に仕えてきましたが、岩波書店訳の聖書は、「僕は、こんなに長い年月、お父さんに奴隷奉公してきました」とあります。あなたのために奴隷として仕えて来た。言いつけに背いたこともありません ここには親子の関係はない。主人と奴隷の関係だ。ここに、兄息子自身も、父の息子という、自分自身を失っていた。そこには、主人と奴隷の関係でしか生きれなかったのだ。
「あなたは、自分にはつましく振る舞い、一匹の子山羊さえくれず、友人との宴会を楽しむことさえさせてくれんなかったではありませんか。 しかし、あなたのドラ息子が、娼婦どもと放蕩の果てに身上を食いつぶして帰ってくると、肥えた子牛を屠っておやりになる。」
  父親は云った。「子よ、お前ならいつもわたしと共にいる。わたしのもには一切お前のものだ」 父親は一貫して変わっていない。しかし、弟が帰って来たことによって兄息子と父親との本当の関係が浮き彫りになったのだ。怒りが兄息子の心を絶対化する。
  父親は、兄息子に帰ってきた放蕩息子を弟と認めさせようとしたが失敗したのでした。罪を犯した息子が立ち帰り、父親、神に受け入れられたことを告げられた時、兄息子はそれを拒否した。
  主イエスが、罪人の立ち帰りを受け入れると知らせたとき、ファリサイ派の人々と律法学者はそれを拒否した。神の国、天上においては、罪人をも受け入れる余地があるということにファリサイ派は我慢できなかった。神が罪人に憐れみと恵みを給うことを義とされたとき、ファリサイ派はそれを義とみとめなかったことになる。
  ファリサイ派は言う。「あなたの言いつけに背いたことはありません。」
 この自己評価が、ファリサイ派の絶対化のよりどころになっている。しかし、彼らは父なる神との生きた関係を失しなったのだ。
  父即ち、神の意向は、この譬えの結びではっきりしている。「だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』お前も一緒に喜んでくれ。
  主イエスは、この失われた兄息子に、ファリサイ派や律法学者に、悔い改めた罪人と共に喜ぶことを、心を開くことを求めている。神は、私たち、人間同士にも関係の回復を求めておられる。
弟息子は、父の家を飛び出し、身も心も父から遠く離れてしまった。兄息子は、父の許にあったが、その心は遠く離れていた。兄も弟も、父親との関係を失ったのだ。弟は、悔い改め、自分を取り戻し、父の許に立ち帰った。しかし、父と共にあると思っていた、兄の心は遠く離れていた。父は、父なる神は、兄の立ち帰りを待っておられる。
  ヨハネ黙示録3:20 見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。と呼びかけられる。
  私たちは、時には、父なる神の前に、放蕩息子となり、時には、自分の義を誇り、ファリサイ派、律法学者になっていはしまいか。考えさせられるのである。