日本キリスト教団 東戸塚教会

「見よ、この人だ」 牧師 藤田 穣
(ヨハネによる福音18章38~19章7節)

聖書 ヨハネによる福音18章38~19章7節
18:38ピラトは言った。「真理とは何か。」ピラトは、こう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出て来て言った。「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。 18:39ところで、過越祭にはだれか一人をあなたたちに釈放するのが慣例になっている。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。」 18:40すると、彼らは、「その男ではない。バラバを」と大声で言い返した。バラバは強盗であった。 19:01そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。 19:02兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、 19:03そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。 19:04ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」 19:05イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。 19:06祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」 19:07ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」

今日の聖書個所の主人公は、ローマ総督ポンテオ・ピラトである。先ほど唱えた私たちの信仰告白・使徒信条の中で、固有名詞として出てくるのは、イエス・キリストとこのポンテオ・ピラトだけです。7世紀に使徒信条が制定されてから今日まで、この名は、世界中の教会で何回唱えられてきたことでしょうか?
この当時、ユダヤの国は、ローマ帝国の属領として統治されており、その責任者がローマ総督でした。ユダヤでは、ヘロデ王の3人の息子たちが3分割して地域のっ領主としての統治を任されおりました。
ピラトは、紀元26年、第5代ローマ総督としてユダヤに派遣されると、エルサレム守備隊に皇帝の像を描いた軍旗をもって都に入城させ、律法に忠実なユダヤ人の激しい抵抗を引き起こしました。また、エルサレムの水道工事に神殿の財産を流用し、ユダヤ人との間に流血事件を引き起こしたり、現住民の反感と敵意を招くことが多くありました。ピラトは、ユダヤ人に暴君的存在であったと同時に、他方では、ユダヤ人の反応を警戒し、ローマへの上訴によって。自分の地位が脅かされることを極度に恐れていたのでした。
使徒信条に、「ポンテオ・ピラトのもとに十字架につけられ」
た経緯を、今朝は聖書から学びたいと思います。
バッハのヨハネ受難曲 (國井健宏 対訳) 聖書箇所
コラール15 キリストは、何も悪事をなさらなかったのに、真夜中、盗人のように捕らえられ、神を畏れぬ人々の前に引き出され、偽りの罪で訴えられ、嘲られ、辱められ、唾さえ吐きかけられた、
第16曲 人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に 連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入られなかった。 汚れないで過越しの食事をするためである。そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、言った。
ピラト:どういう罪でおまえ達はこの者を訴えるのか?
合唱: この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう。
ピラト: あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁くがよい!
するとユダヤ人たちはピラトに言った。
合唱:わたしたちには人を死刑にする権限がありません。

それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、 イエスの言われた言葉が実現するためであった。
そこで、 ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、言った。
ピラト: お前がユダヤ人の王なのか?
イエスはお答えになった。
イエス: あなたは自分の考えで、そう言うのか。 それとも、ほかの者が私について、あなたにそう言ったのか?ピラトは言い返した。
ピラト: わたしはユダヤ人なのか?お前の同胞や祭司長たちが、 お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたいのか?イエスはお答えになった。
イエス: もし、わたし の国がこの世のものであれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、 部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世のものではない。
 ピラトは、イエスに罪を見いだせなかった。ピラトは、ユダヤ人の前に出て行って言った。「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。 ところで、過越祭にはだれか一人をあなたたちに釈放するのが慣例になっている。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。」 と提案した。すると、彼らは、「その男ではない。バラバを」と大声で言い返した。バラバは強盗であった。 ピラトは、ユダヤ人たちのイエスを訴える憎悪の根深さ理解していなかった。次に、ピラトは、イエスを鞭打たせ、茨の冠をかぶせ、紫の服をまとわせ、 「ユダヤ人の王、万歳」と言って、揶揄した。憐れな男を装わせれば、ユダヤ人たち見せ、バラバとの引き換えを提案すれば、イエスを赦すだろうと考えた。
再びピラトは出てきて言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」 イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。平手で打ち続けられた顔、茨の冠をと兵士の紫の外套を付けた惨めで無力なイエスの姿を見れば、もはやユダヤ人たちは、こんな男を殺せとは言わないだろう。
そう考えて、「見よ、この男だ」と云った。
この人を見よ ラテン語で ecce homo この場面を描いたカラバッシオの絵画やルオーの絵などがある。

しかし、祭司長と下役たちはイエスを見ると、叫んだ。
「十字架につけろ!十字架につけろ!」「見よ、あなたたちの王だ!」彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架に
つけろ!」 ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」
ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」彼らは、神の子と自称するイエスを赦せなかった。レビ記に、「主の御名を呪う者は死刑に処せられる。
共同体全体が彼を石で打ち殺す。神の御名を呪うならば、寄留する者も土地に生まれた者も同じく、死刑に処せられる。神の子と自称して、神の名を汚す者は必ず殺されなければならない。」ユダヤ人たちも石打の刑で死刑にすることができる。
また、申命記21章「21:22 ある人が死刑に当たる罪を犯して処刑され、あなたがその人を木にかけるならば、21:23死体を木にかけたまま夜を過ごすことなく、必ずその日のうちに埋めねばならない。木にかけられた死体は、神に呪われたものだからである」 ローマでの死刑は十字架刑であった。ユダヤ人たちは、自分たちの手を汚すことなく、イエスを死刑にするため、ピラトによる死刑の筋書きを実行するのである。
ピラトは、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか?」祭司長たちは、答えた。「わたくしたちユダヤ人にとって、(ローマ)皇帝のほかに王はありません。(王を自称する者は死刑になるのが当然です」彼らは、ご都合主義で、ここにローマ皇帝に対する忠誠を誓い、選民イスラエルとしての信仰を捨てた。
「あなたたちの神、主があなたたちの王であるにもかかわらず、『いや、王が我々の上に君臨すべきだ』とわたしに要求した。」(サムエル記上12章12節)神だけが王だと教えられていたにも拘らずご都合主義で信仰を放棄したのである。こうして、ユダヤ人は、神の民への契約の成就として来られた神の子・メシアを抹殺した。
また、ピラトに取り、もしも、このことでユダヤ人が騒ぎを起こし、ローマ皇帝に上訴されれば、自分の地位を危うくしかねない。そこで、ピラトは十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。

パレスチナ ハマスとの戦闘の中で思う。
今のイスラエルは、神の選民イスラエルなのか。疑問
に思う。この世の権力争いの中で、自分たちの覇権に拘
り、神の御心が分かっていない。この世の権力者として君臨さえしょうとしている。何と不信仰なことか。
加藤常昭牧師のマルチン・ニーメラ牧師の第2次大戦終了後の説教を引用している 「今、我々は闇の中にいる」戦争によって解放されて、光輝くところに立っていると思われるこの人が、我々は今闇の中にいると言ってます。そして「この闇の中で、我々の再建の仕事が始まっている。ただ、我々人間は、自分たちが計画を立てて、自分たちの力でこれを実行すれば必ず闇から光へ移りうると思い込んでいる。…しかし、これは堂々巡りだ。また闇に戻るに違いない。」そして、何故、人間は、闇から闇へ堂々巡りしてしまうのか。何故、同じ誤りを繰り返すのか。その愚かな過ちの原因はどこにあるのか。これは、ナチであるとか、ナチに反対したか関係ない。那智に立ち向かって戦った人たちのなかにある大きな(罪)だ。…最初の人アダムは、「この実を食べてごらん。あなたは、神なしで、あなた自身が、神になって生きられるようになる。何故、あなたは、神の言葉に束縛されているのか。」アダムはそこで罪を犯した。我々も今罪を犯している。我々は神無しでやっていける。本心はそうだ。自分が自分の神になれる。自分の道は自分でやっていけると思っているのではないか」。ニーメラ牧師は、そのなかに自分をいれる。自分が信仰の英雄として、胸を張って生きてられるなどと思っていない。人間は一体何をして生きているのか。そして、人間が人間の主人となろうとする仕方で戦後の再建を企ててもそれは成功しないと言いました。
まさに、戦後78年を過ぎましたが、そのように思わざるを得ない。大祭司たちによって代表されるユダヤ人たちも、我々とさほど悪意の人だった訳ではないのです。アダムの末、人間の業を思わざるを得ません。

この間イエスは何も言わず、沈黙を続けておられます。鞭打たれ、茨の冠をかぶせられ、紫の外套を帰せられ、侮られながら、させるままにさせておられます。
かって、バプテスマのヨハネは、イエスを指さして「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」(1章29節)と言いました。この屠られる方をおいてほかに救いはない。 ヨハネは、信仰を持って、イエスに救い主の姿を見たのでした。
あるノルウエイ人宣教師がグリーンランド伝道中に殉教しました。しけが続き、エスキモーたちは、飢えに苦しんでいました。彼らは言いました。「お前の神に祈れ、魚がとれて我々が救われるように」。宣教師は祈りました。しかし、魚は一匹も獲れません。怒ったエスキモーたちは、宣教師を海岸の崖から突き落としました。その崖ぷちから下を覗いたエスキモーたちは仰天しました。何と宣教師の死体の直ぐそばに、クジラが一頭、波に打ち上げられていたのです。彼らは餓死を免れ、自分たちが殺した宣教師の「神」を信じました。ノルウエイ人宣教師は、殺されて勝利しました。
神の愛によって派遣された御子イエスを十字架につけたのは私たち、私たちの罪です。十字架の道行きこそ、私たちの救いの道、命の道だからです。
「見よ、この人を!」十字架上のイエスを仰ぐことこそ、神の御心です。

19章14節 それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。 過越祭は、古代カナン暦のアビブの月(捕囚後はニサンの月と呼び太陽暦の3月から4月)の10日に1歳の雄の小羊を選び。14日の晩に屠り,血を入り口の柱と鴨居に塗り、肉は焼いて食べる。
イスラエルの先祖がエジプトを脱出に際し、神がエジプトの初子を殺したとき、小羊の血を入り口の柱、鴨居に塗ったイスラエル人の家は通り過ごしたという故事に由来する祭りである。
まさに、この日にイエスは、世の罪を取り除く神の小羊として、十字架に死なれたのです。主イエス・キリストが最後にして、永遠の、完全な犠牲として、この過越祭の時に屠られたのであある。
「そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。 それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。 神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」(ヨハネ福音書3章14~17節)
ヨハネⅠ書4章には、「 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」(同10~11節)

今日の讃美歌280 すべてのものを与えし未 死のほか何も報いられで 十字架のうえに あげられつつ 敵を赦しし この人を見よ
この姿から目を離すことはできない。